12-38:対立する女神 下
「どうじゃ、怖いか? 恐ろしいか? 一万年の時を生きたその魂が役目を終えるのは……恐ろしいはずじゃ。命乞いをしてみせろ。そうすれば、妾も慈悲を見せてやるかもしれん」
「いいえ、既に私の役目は半ば終わったと言ってもいいでしょう。既にこの地に世界に残る希望が集結しつつありますから。
それに、レムが言っていた通りだわ。この星は、レムリアの民に任せるべきなのです。彼らは既に自立できるだけの精神を身に着けているのに、親の過干渉によってその行動を制限され、自分の道を自らで選べないでいる……」
「……つまり、何か。アンドロイドたちの自立ために、己は死ぬことは怖くないと?」
「いいえ、貴女の言う通り、この世界に干渉できる己の理性が消失するのは恐ろしいことだわ。しかし……それ以上に恐ろしいことは、子供たちの未来が奪われることです。子供たちが生き残るためにこの命を差し出せと言うのなら、私は喜んでこの身を差し出しましょう」
「実の娘を見限った貴様が、今更母親面をするという訳か!?」
「えぇ、レムリアの民たちも、貴女が側に使えさせて無理やり命令を聞かせている第五世代たちも、変わらぬ私の子供たちです。実の娘から目を逸らしてたという事実は覆りませんが……だからこそ、私はせめて二度と間違えないようにしなければならないのです」
「不愉快じゃ……不愉快じゃ不愉快じゃ不愉快じゃ不愉快じゃ不愉快じゃ!」
毅然とした態度で覚悟を見せるレアに対し、絶対的な優位な立場から余裕を見せていたはずのルーナは徐々に不機嫌を顕わにし、最終的には子供のような癇癪を起こし始めた。
「もうよい! 貴様と話すことなど何もないわ! せめて派手に鮮血を散らし、最後に妾を楽しませよ、ファラ・アシモフ……ぬ!?」
ルーナの威勢が削がれたのは、遥か遠くで巨大な雷雲のような光の筋が走ったからだろう――それを見たイスラーフィールはすぐに窓を割って外へと飛び出し、人とは思えない速度でエルフの老婆の前へと立ちはだかったのだった。
「イスラーフィール、妾を裏切った不埒者めが! 飛び出してきたというからには、第六世代たちがどうなっても良いということじゃな!?」
「いいえ、レア様が弟たちを大切にするというのなら、私もそれに準じるつもりです……それに今の一撃で、セレスティアルバスターは破壊されたはず。撃てるのなら撃ってみせなさい、偽りの女神ルーナ」
「貴様……側においてやっていた大恩を忘れおって……!」
ルーナの怒りの表情から察するに、イスラーフィールの指摘が図星と言うことなのだろう。つまり、まだ自分の知らない戦力がどこかに居て、あの遥か彼方でこちらを狙っていた兵器を破壊したに違いない。
ルーナの周りを取り囲む兵士たちが光線銃から光の筋を発するが、それらはイスラーフィールの掲げた右手から出される結界のようなものの前で霧散した。そして二射目が撃たれるよりも早く、イスラーフィールの左手から飛んでいったチャクラムが、ルーナを取り囲む兵士たちの首を跳ねた。
「ちっ……だが、彼我の戦力差を考えれば無駄な抵抗よ! 後悔させてやる……」
ルーナがそこまで言った瞬間、今度は空中に赤い稲妻が乱れ走り、空中で威嚇をしていた天使たちの身体を正確無比に貫いた。アレは先日見たソフィア・オーウェルの新たな魔術だ――つまり、セブンスたちが彼女を連れて合流できたということだろうか。
ともかく、こうなれば形勢逆転と言ったところだろう。まだ地上を取り囲んでいる天使たちは残っているだろうが、ひとまずレアが危険に身をさらす必要は無い――彼女を援護するために窓から自分も飛びだし、彼女らの近くへと寄ると、イスラーフィールがレアに向かって小さく頭を下げているのが視界に入る。
「申し訳ございませんレア様。命令を無視して飛び出してきてしまいました」
「いいえ、貴女が控えていたのは、セレスティアルバスターを警戒してのこと……それが破壊されたとなれば、もはやこちらも我慢する理由もありませんから」
レアはそこまで言って、袖から小型の銃を取り出し、号砲として天へと向けて引き金を引いた。
「レヴァルに集いし戦士たちよ、今こそ反撃の時です! 貴方達を見捨て、あまつさえ利用していた女神ルーナを倒すため、力を貸してください!」
老婆の声は硝煙と共に町中に響き渡り――それに呼応するように直ぐに屋内から屈強な男たちが武器を持って外へと飛び出して来たのだった。




