12-33:レムの説得 上
アランのことについては一旦話が中断され、ソフィアとグロリアの関係性についての説明がグロリア本人からなされた。話の内容が難しく、自分の頭ではイマイチ理解できなかったのだが――説明が終わったタイミングで、レムがグロリアの方を向いて「つまり」と要約を始めてくれた。
「二人の精神的同調が高い上に、ソフィア・オーウェルが誤って生み出した二重思考の内、一つの思考領域をグロリアに明け渡すことで精神を融合させずに共存している、ということですか?」
「えぇ、その通りよ。まぁ、精神的同調は高かった、という方が正確な気もするけれどね。その子があまりにも無茶なものだから、反面教師的に私の方が落ち着いてしまったというか……」
そう言うグロリアの声色は、半分呆れから出た感じだったが、半分はどこか温かさを感じた。対するソフィアは頬を膨らませてむすっとしており――こういうところは変わっていないのだと、自分も妙な安心感を覚えた。
「ちなみに本人曰く、二つに分けていた二つの思考領域の内、元来の理性的で無感情な方を自身のために残し、外面を取り繕っていたダミーの方を私にくれたから、不愛想になっているということらしいわ」
「え、そうなんですか? 私からしてみたらあんまり変わらないような気も……」
強い視線を感じて思わず両手で口を抑えると、やはりソフィアの方がじと、とした眼でこちらを見ている。確かに、今のは以前からソフィアのことを不愛想と思っていたという発言に他ならない。ソフィアじゃなくても怒る所だろう。
とはいえ、別段以前から不愛想と思っていた訳ではなく、むしろ先日会った時にもいつも通り感情的だと思った、という方が正しい。一方、精神を共有しているはずのグロリアの方は、ソフィアの不穏な雰囲気などどこ吹く風で話を続ける。
「それは、元からアナタには結構本心を出してたって証拠よ。変におべっかを並べたり、気を使わなくても大丈夫って安心感から、つっけんどんな素が出てたって感じね」
「つまり、先日私に対して攻撃してきたのも、信用しているからこそってことですか!?」
「え、うーん……うん、大体そんな感じよ。ソフィアと思考を共有している私が言うんだから間違いないわ」
「なるほど! 思いっきり切りかかってくるのは正直どうかと思いますけど、そういうことなら……ひぃ!?」
先ほどよりも強烈な視線を感じてソフィアの方を見ると、両の頬っぺたがこれでもかと膨らみ、同時にぷるぷると身体を震わせていた。なんなら少し泣きそうというくらいの雰囲気だが、精神の共有者の暴露は止まらない。
「ともかく、本人は不愛想になったつもりらしいけれど、全然根っこの部分は変わってないんだから。むしろ、思春期特有のアレみたいな感じで格好つけてるというか」
「……グロリア、怒るよ?」
「もう怒ってるじゃない」
「つーん。もう知らないんだから……それよりもレム様、アランさんが黄金症を治療するための鍵ってどういうことですか?」
ソフィアとグロリア、意外といいコンビなのかもしれない。クールだけど面倒見の良いグロリアと、思春期特有のアレでつっけんどんだが、末っ子気質のソフィア――なるほど、冷静に見ると、二人のやり取りは友人のそれというより、姉妹のそれに近い様に見える。
ともかく、ソフィアに話を振られた女神は「レムで構わないわ」と断りを入れてから話を始める。
「黄金症から復帰して戻ってきたのは、ジャンヌ・アウィケンナ・ネストリウスです。彼女は海に魂を捉えられていましたが……現世と来世、時空間の狭間でアラン・スミスの魂と出会い、彼に導かれて黄金症から脱して現世に戻ってきたと言うのです」
レムが一度言葉を切るのに合わせ、チェンはソフィアとグロリアの方へ顔を向けた。
「ソフィア、ジャンヌを見ましたか?」
「いえ、私は新型の殲滅と、近接戦闘のテストに集中していたので」
「はいはい、八つ当たりしていて周りを見ていなかったと……グロリア、映像は残っていますか?」
「えぇ。ティアとアガタの近くにいるこの女よね?」
再び頬を膨らませるソフィアをよそに、機械の鳥の瞳から光が照射され、ホログラムの背後にあるスクリーンに映像が映し出された。自分とソフィアが戦っている映像の奥、上を見上げている群衆の方が徐々に拡大されていく。凄い便利な機能だ――と関心していると、確かに人々の中に紛れて、ティア、アガタ、ジャンヌの三名が並んでいるのが見えた。
「ふむ……どうやら、彼女がレヴァルに居るということは間違いないようですね。しかし、疑うようで申し訳ないのですが、彼女が黄金症を発症していたという事実を私は知りません」
「それは悪魔の証明になりますよ、チェンさん。しかし、彼女が解脱症に罹る瞬間を私は見ていましたから、高確率で黄金症が発症していたとは言えます」
ようやっと頬から空気を抜いたソフィアが、真面目な調子でそう語った。黄金症が発症したのは、確かに解脱症に罹った者たちからだったはずだ。説得しに来た自分たちでなく、ソフィアからその事実が出たことで納得したのか、チェンも扇子を取り出して口元を抑え、「ふむ」と小さく頷いた。
「ジャンヌ・アウィケンナ・ネストリウスが黄金症を脱したというのは認めましょう。それに、確かに第六世代型達が黄金症から脱すれば、理論的には海に囚われている魂を解放できることになり、星右京らの目論みを阻害できると言える。
しかし、問題は再現性です。ジャンヌが本当に原初の虎の導きがあって復活したのかは分かりません。彼女が夢か何かを見たのかもしれません。況や仮に本当に彼の復活が黄金症を克服する鍵だとして、現世に居ないアラン・スミスにどうやってこちらから作用しようというのですか?」
「そこに関しては、一つの僥倖があります。アラン・スミスのクローンの肉体が海流に流され……恐らく、高次元存在のおかげかと思いますが……オリジナルの肉体の側にあるのです。
互いに損壊したオリジナルとクローンの肉体を繋ぎ合わせて回復できれば、戻るべき肉の器が完成し、あの人も帰ってくることが出来ると想定されています。私は、彼の肉体がどこにあるか分かっていますから、蘇生することもできるかと」
「それは貴女の予想でしょう? そもそも、本当にそのような状況になっているかどうか……言っていたのはジャンヌですか?」
「……彼女はエディ・べスターの名を挙げていました」
べスターとは、先ほどチェン自身が名前を挙げていた人物だが――その名を聞いた瞬間、口元を隠しているチェンの眉が僅かにだが引きあがった。レムもそれを見て好機と思ったのか、畳みかけるように話を続ける。




