2-31:二対の神剣
エルが剣を引き抜いたのを見てから、今度は声のしたほうを振り返ってみる。少し離れた建物の尖塔の上に、華美な装飾の施されたブレストアーマーにスカートという出で立ちの、頭の後ろで結っている亜麻色の髪を風に棚引かせて、一人の乙女が立っている。
「……神剣の乙女【クラインリヒト】、テレジア・エンデ・レムリアだと!? バルバロッサの地で倒れたはずでは!?」
驚愕の声は、タルタロスのほうからあがった。
「それは誤報ですよ、奈落の君主。確かに、防衛拠点に魔族の侵攻こそ許しましたが、それは私たちがイブラヒム卿を討伐している間に、通信だけやられたに過ぎません」
「それでは、イブラヒムは……!?」
要は、勇者パーティーが基地を離れている間に通信がやれただけで、むしろ相手の大将は敗北、バルバロッサでの戦いは人類側の勝利だったという事か。
テレジア・エンデ・レムリアと呼ばれた女性は、タルタロスの方から、剣を見つめているエルの方へと視線を移した。
「さぁ、お義姉さま……ハインラインの剣を継ぐ者、その剣の、神剣アウローラの真の後継者としての実力……見せてください!」
「無茶を言うわ……見るのは二回目、触るのは初めての剣を使いこなせっていうの? だけど……」
テレジアの声に、エルは右手に神剣、左手に宝剣を構える。
「……アイツの首を取るためなら、多少の無茶だって押し通すわ!」
黒衣の剣士は叫ぶと、まず翡翠色の刀剣を、高く天に掲げる。
「神剣アウローラ……我らに祝福の加護を!!」
その声と同時に、辺りに淡く、緑色の輝きが浮かび上がる。不思議と、先ほどの重力波で受けた痛みがなりを潜め、体の奥底から力があふれ出てくるのを感じる。
「……神剣アウローラ、それは魔を払い、持ち主とその仲間たちを護り、そして力を引き出す剣……と言われています。宝剣ヘカトグラムの重力波の影響も、アウローラの加護があれば味方には及ばない……と聞いています」
隣で、クラウがこの状況の解説をしてくれた。正直状況に着いて行けてなかったので、その説明はありがたいのだが。
「……説明が全部が伝聞推量だな……」
「私だって直接見たことある訳じゃないんですから! ついでに、補助魔法も重複すると思いますので! エルさん、私の気持ちも受け取ってください!」
クラウがエルの背中に手をかざすと、さらにエルの体を光の膜が覆う。
「えぇ……私たちの鬱憤、全部アイツにぶつけてやるわ!」
そう言って駆け出す背中は、恐らくいつもの倍は早い。
「……ハインラインの剣には、一つだけ型がある。それは、必殺の一撃。見た者は必ず屠る、絶対の剣戟……!」
一方、タルタロスの方は慌てた様子だが、流石に魔将軍か、迎撃の準備に移っている。
「……やらせん!」
「遅い!」
エルが逆手に持った宝剣で、横に薙ぎながら宙を切る。その剣戟は巨大な重力波を生み――タルタロスを中心に、瓦礫ごと巻き込んで、一帯を押しつぶしているようだった。悪魔の強靭な肉体も、その力の大きさに抗うことも出来ないようで、瓦礫の中に無様にうつ伏せに倒れ込んだ。
そして、エルはその重力の渦の中に躊躇なく飛び込み――対する悪魔は天を見上げた。その瞳には、祝福の剣を振り下ろさんと構える、漆黒の剣士が映っているに違いない。
「奥義……神剣二刀十文字【クロイツ・デス・ツヴィリングシュヴァート】ッ!!」
剣士の放った剣閃は、緑色の光波となって重力の渦を両断し、そのまま後ろの建物まで巻き込んで突き進んでいく。あの光の刃はどこまで行ったのか――恐らく、剣を振った先にある、海まで断って突き進み続けたに違いない。
「……加減が難しいわね、これ」
エルは右手の剣の柄を胸の高さで見つめながら、そう呟いた。神剣二刀十文字、宝剣による一の太刀で相手を重力で拘束し、神剣による二の太刀で相手を両断する技。確かに必殺の奥義であろうが、飛ぶ剣戟はやりすぎだと思う。
しかし、これで全て終わったか。いや、エルの足元に、まだ悪魔の頭が残っている。
「……エリザベート……フォン……ハイン……ライン」
「……なに、本当に頭をかち割って欲しいの?」
「……見事だ……」
祝辞を送った直後、タルタロスの頭が白く固まり初め、結晶となって砕け散った。
「……アナタもね、タルタロス」
そう言いながら、エルはタルタロスの結晶を拾い上げ、その後に翡翠色の剣を振り回し、鞘に入れようとする。しかし、鞘と剣のサイズが合わないことに気付いたのか、ハッとした表情になった。それが面白かったので、自分としてはつい笑ってしまった。
「……これは、癖なのよ……もう、笑わないで頂戴」
エルは横髪を抑えながら顔を隠してしまう。その恥ずかしがる仕草がおかしかったのか、亜麻色の髪の女性が笑顔を浮かべながら近づいてくる。
「ふふふ……お義姉さま、お疲れさまでした。見せていただきました、真の継承者の力を」
エルもその声の方に振り向くと、所在なく持っていたその剣の、刃の部分を持ちながら女性の方へと差し出した。
「悪かったわね、テレサ……色々な意味で、だけれど。ひとまず、この剣は返すわ」
「えぇ、ひとまず預かっておきます」
女は剣を受け取り、自分の柄に戻すと、改めてエルの方へと向き直る。
「でも、貴女が生きていて良かったです」
「……しかし、私は宝剣を無断で持ち出して……」
「いいえ、それも本来はお義姉さまが持つべき物です。私は、代理として勇者様に同行していただけ……ひとまずは、貴女と再会できただけでも嬉しいです」
「そう……相変わらず優しいのね、テレサ」
二人の女性は笑顔を向けあっている。建物がずいぶんと吹き飛んでしまった関係で、二人の間に丁度夕日が挟んで見える。二人とも端正な顔立ちをしており――二人とも美人と形容するのが的確だが、テレサの方が温かみのある感じがする。
先ほどからのやり取りを見ている感じ、二人は旧知の仲なのは間違いなさそうだ。とはいえ、二人に割って入るのもなんなので、クラウに二人の間柄を知っていないか確認してみることにする。
「……なぁ、クラウ。なんかさっきから、エルのヤツがお義姉さまって呼ばれてるけど、あの二人知り合いなのか?」
「知り合いも何も……あぁ、そう言えばアラン君は知らないんでしたっけ」
クラウがもったいぶって人差し指を口元にあてていると、テレサの方がこちらに振り返り、長いスカートの裾を掴んで会釈してきた。
「エリザベートお義姉さまのお仲間ですね。改めまして、私はテレジア・エンデ・レムリア……現国王、ハインリヒ・レムリアの娘です」
「うん、現国王の娘……娘?」
国王の娘ということは、テレジア、テレサは姫ということになる。その姉ならば、エルは――。
「……お姫様!?」
もちろん、どこか上品さはあるやつだとは思っていたが、それでもレイブンソードの異名を持つ女剣士が、実はお姫様とは完全に想定外だった。驚きながらエルの方を見ると、ジト、とした目線を返される。
「……物心つく頃にはお姫様じゃなかったわ。その子、テレサとは腹違いの姉妹、それだけよ」
いわゆる、跡継ぎ問題とか、そういうやつであろうか。エルの母は男の子が産めなかったから、離婚して追放されたとか――そもそも、この世界は男性しか王になれないかも分からないから、これも邪推か、しかしひとまずエルの体には王家の血が流れているというのは確かなことらしい。
「……と、テレサ様。まだ終わりじゃないんです。レヴァルの結界を破り、死者を操る者が……」
「それも、手は打ってあります。そろそろですかね……皆さん、ちょっと離れておきましょうか」
テレサに促されるままに、四人で中央広場から遠ざかる。ふと見上げれば、いつの間にか雲の合間に空が覗き、空は黄昏色に染まり始めている。
そして、見上げたから気付いた。エルと上った丘の上、そこに太陽の光を反射して煌めく何かがあり――認識した直後、天から光の柱が降りてきて、そこから更に再び光の渦が射出され、元々大聖堂が立っていた箇所に突き刺さった。




