12-29:シモンとの再会 下
「……今考えると、あの二人はちょっと複雑ですわね」
「どういうことです?」
「片や勇者シンイチを愛した王女、片や七柱の創造神である星右京の妻……一歩引いてみれば、彼女たちは同じ男を愛した女性です」
「え、えぇ!?」
「まぁ、ちょっと複雑と言うだけで、おかしなことにはならないと思いますわ。アランさんの周りの方が複雑怪奇ですから、それを思えばなんてことはありませんし」
「ほぇ? そうなんですか?」
「ふぅ……気付いていないのなら、知らない方が良いこともありますわ」
「まぁ、ナナコちゃんはアラン君側の人だからね」
アガタが大きなため息を吐く後ろで、ティアが苦笑いを浮かべていた。自分とアランの共通点となると、旧世界にオリジナルを持つクローンであるという以外に思い浮かばないのだが――ちょうど長い通路が終わりを向かえて広い空間に出たためにみな話を止めた。
自分たちが立っている場所は、広い空間の二階部分の連絡橋のような場所だった。手すりを握って下を見ると、そこには一隻の船が――船と言ってもそれは金属でできた船であり、かつて自分たちが乗っていた宇宙船に瓜二つの外見をしていた。
「アレは……ピークォド号!?」
「ナナコ、違うよ。アレはノーチラス号さ」
声のした方へと振り返ると、連絡橋の向こうから背の低い男性がこちらへと歩いて来ている。作業着に身を包み、長い顎鬚を結わえたその出で立ちは、以前極地基地で別れてしまったドワーフだった。
「シモンさん!」
「やぁ、久しぶり……ティアさんとアガタさんも」
自分の背後にいる二人にシモンが会釈すると、ティアが一歩進み出て下の船を見つめた。
「それで、ノーチラス号っていうのは?」
「オールディスの月に攻め込むための、新たな宇宙船さ。DAPAがこの星に入植する際に使った移民船、アーク・レイのパーツを拝借しながら作ってるんだ。ピークォド号と外見が似ているのは、以前チェンさんが作った設計図を元に作成しているから、自然とそうなっている形だね」
シモンがそう説明していると、先ほどまでテレサと火花を散らしていたレムがスッと自分の顔の横に並んで宇宙船を眺めた。
「ノーチラス、良い名前ですね。少なくともピークォド号よりはずっといい」
「ほぇ、そうなんですか?」
「えぇ、ピークォド号は復讐者の船の名としてはふさわしいですが、最後には宿敵に敗れて撃沈してしまった船なんです」
「チェンさんも同じように言っていたよ……ちょっと験担ぎに失敗したってさ」
言いながら、シモンは苦笑を浮かべた。そして少年の様なキラキラした目で――言ったら悪いが、こんな彼を見るのは初めてだ――下で建造中の船を見つめる。
「……アレを建造した理由こそ乱暴極まりないけれど、宇宙船を自分の手で創り上げられたのは感無量だね」
「たった一人でアレを創り上げたんですか?」
「いいや、僕の仕事は制御系のプログラムなど、コンピューター周りだね。側を作ったのはチェンさんや……」
シモンが指さした方向には、何名かの人影があった。注視してみると、そこにいるのは人間ではないようである。蝙蝠のような羽が生えている者や角の生えている者など、どうやら魔族のようだった。
「チェンさんは魔族たちに顔が効くし、一部の魔族たちはレムリアの民よりも高い知能指数を誇る。それで、暗黒大陸に潜伏していた者たちに協力してもらっているという訳さ」
「なるほど、共通の敵と戦っているわけだからね……それでシモン、アレはすぐに飛び立てるのかい?」
ティアの質問に対し、シモンはゆっくりと首を横に振った。
「いや、見た目こそそれらしくなっているが、アレで宇宙に漕ぎ出すのは難しいね。僕らは宇宙ステーションを使えないし、そうなるとこの一隻だけで大気圏を振り抜け、オールディスの月まで到着しなきゃならない。
宇宙空間に出るだけなら強力な推進力があれば可能だけれど、直進的な動きでは簡単に迎撃されてしまうからさ。敵の攻撃に備えるためには、宇宙空間で柔軟に進行方向を変えられる機動力の他に、強力なバリアや迎撃装置も欲しい。
ピークォド号はそれをモノリスで補っていた訳だけれど、今はそれが無いからね……何か代わりになる物があれば良いんだけれど」
シモンの話は難しく、自分には内容がチンプンカンプンだった。質問したティアもよく分からなかったようで、「あぁ、うん」と煮え切らない感じで頷き返している。ただ一人、レムだけが話を理解したようで、今度はシモンの前へと飛んで行った。
「ノーチラス号を動かすのに手っ取り早いのは、深海のモノリスを一つ拝借することでしょうか」
「あぁ、その可能性も考えられている。モノリスを回収するため、ノーチラス号には潜水艦機能も備えつけられているよ。だけど……」
「ある意味では宇宙空間よりも深海の方が圧力がかかる分、回収は難しいでしょうね」
「そうなんだよな……そうでなくとも、チェンさんが手を出さないか右京達は警戒はしているはずだからね。そう簡単にモノリスの場所までは行かせてくれないだろう。
ともかく、チェンさんに会いに来たんだろう? あの人なら、今はブリーフィングルームにいる……テレサさん、引き続き案内を頼むよ」
シモンの言葉にテレサは頷き、連絡橋を超えて細い通路を抜けて、一つの扉の前に辿り着いた。電子ロックは基地内に入った時にあったシャッターくらいで、ここは普通の扉らしい、テレサが二回ほど扉をノックすると、中から「どうぞ」と声が返ってきた。
テレサが扉を開くと、中には一人の眼の細い整った顔立ちの青年が立っていた。




