12-28:シモンとの再会 上
テレサに連れられて辿り着いた場所は魔王城から程離れた森林の中だった。どうやらゲンブは数年前からいざという時のために、魔王城の近くに極地基地と同じような地下網を秘密裏に作っていたようだ。連れられた場所はその地下網の入口の一つであり、中は崩落しないように最低限舗装された地下通路となっていた。
「改めましてテレサ様、御無事で何よりです」
「えぇ、アガタさんも……色々とご心配をおかけしましたね」
「いえ、ご状況は伺っていましたから。とはいえ、腕のことを知ったのは……」
そう言いながら、アガタは視線を下ろして隣を歩くテレサの左腕を見つめた。テレサも視線に気づいたようで、左腕を上げて、仲間を心配させまいと穏かな笑みを浮かべて見せた。
「あぁ、これは私が我儘を言ってこうしてもらってるんです。チェンさんは生身の腕の移植も提案してくれたのですが……何の特殊能力も神器も持たない私は、戦力的にはそう役に立つわけではありませんから。せめて少しでも力が着くようにと、機械の腕を移植してもらったのですよ」
「成程、そうだったのですね」
「グロリアさんの腕をソフィアさんに譲ったのは、彼女たちがそれを望んだからです。それに……どの道、私ではグロリアさんの魂を受け止めきることが出来ませんでしたから」
寂し気な微笑みを浮かべるテレサの横に、今度はティアが出てアガタと挟むように並んだ。
「以前のテレサ様を見ている感じだと、グロリアの腕を移植した者は精神が融合していってしまうんだよね? でも、先日のソフィアちゃんはそういう感じに見えなかった……雰囲気は結構変わっていたけれど、グロリアとは明確に人格が分かれているようだったけれど」
「はい、私と違って、ソフィアさんとグロリアさんは問題なく一つの器に同居しています。精神的な同調だとか、二重思考だとか、なんだか色々難しい要因があるようなのですが……その辺りは、私よりもチェンさんかソフィアさんに聞いた方が早くて確実だと思いますよ」
テレサが言い終えたタイミングで、通路の突き当りが見えてきた。一見行き止まりのように見える場所の壁にテレサが触れると、土壁が上へとスライドし、そこから先は以前見た極地基地のように近代的な白い壁が続いていた。
「……ここは?」
「ここは、チェンさんが有事の際に作っていた秘密基地の一つです。その目的は……」
「アーク・レイから拝借したパーツで、もう一度宇宙船を作ろうとしている、ですよね?」
アガタの肩に乗っているレムが問うと、テレサは畏まった様子で深々と頷き返した。
「はい、その通りですレム様」
「様なんて柄じゃないし、レムでいいですよ」
「いえ、なかなか生まれ持った慣習は捨てがたいと言いますか……七柱の創造神と戦うこと自体は覚悟しているのですが、呼び方となると様付がしっくり来てしまうと言いますか。それに、レム様は最初から私たちの味方であったわけですし」
「そんなことはありませんよ。もしアランさんがこの世界の在り方を良しとするなら、私は不承不承ながらも星右京の目的を認めようとしていました。私がこちら側に着いたのは、結果論でしかありません。
まぁ、アランさんの性格を考えたら、百二十パーセントこうなると予測できましたけれどね」
「……あの、レム様。あの人は……星右京は何故、高次元存在を求めているのでしょうか?」
アラン次第では右京の目的を認めようとしていた、というレムの言葉が気になったのだろう。自分も右京の目的とやらは共有されていないし、気になるところだが――テレサの場合は単純な興味という感じではなく、もっと深い意図がありそうな様子だ。
彼女の重い雰囲気を察したのか、レムもいつもの軽い調子ではなく、咳ばらいを一つしてからアガタの肩を離れ、テレサの正面へと移動して真面目な表情を作った。
「そうですね、話すと長くなるので、今はとりあえず端的に……あの人は高次元存在を欲しているわけではなく、むしろ全てを滅ぼすつもりで高次元存在を降ろそうとしているのですよ」
「何か深い意図があるのでしょうか?」
「いいえ、むしろ逆です。やれ人の絶望を終わらせるには滅びるしかないとか、良き人がこれ以上苦しまない様にとか、それらしい理由を後付けしているようですが……単純に、あの人は喜びよりも悲しみに眼が行き、生と言う重みに耐えきれなくなっているだけです。
高次元存在がいる限り人の魂は何度も巡り、この宇宙に生を受ける……だから、あの人は高次元存在を滅ぼし、宇宙かに永遠の沈黙を降ろし、自身も消滅しようとしているのです」
レムは最後に「私も状況から彼がそう考えていると判断しただけで、絶対ではないのであしからず」と付け加えた。ともあれ、右京の妻であった人物の意見なら、恐らく世界で最も右京の考えには近いはず――そんな風に思っていると、テレサは痛ましい表情を浮かべながら口を開く。
「……あの人はどうしてそれほどまでに世界に絶望しているのでしょう?」
「気にすることはありませんよ。誰もあの人の魂を救うことはできない……勝手に拗らせて、どんなことでも針小棒大に悩みを膨らませて、勝手に己に絶望しているだけで、元からそういう気質の人だったというだけです。
それがなまじっか、世界を動かせるだけの才能を持ち、実際に力を持ってしまったから、話がこじれたというだけなんですから」
「でも……」
「…が人を救うのは、おとぎ話の中だけです。いいえ、確かに救うこともあるのですが、それは一時の物……その人が生来持つ気質を変えることはできません。もっと言えば、他人の気質を変えられるだなんていうのは、傲慢なことですよ」
レムがぴしゃりと言い放つと、テレサの方も言い返すことが出来なくなってしまったようだ。しかし、レムとテレサの纏う雰囲気はなんだか怖いというか、どこか水面下で火花を散らしているように見えるのが気になる――そう思っていると、アガタが歩調を自分に合わせて、そっと耳打ちをしてきた。




