12-27:ティアとアガタの一年間 下
「ここは私が!」
「いや、アレくらいの大きさなら問題ない……ボクに任せてくれ、ナナコちゃん」
自分よりも早く、ティアは長い後ろ髪をはためかせながら風のように前進した。魔獣により振り下ろされた前足を素早く潜り抜けて懐に潜り込み――ティアは鋭い掌底を相手の鳩尾にのめり込ませて見せた。
「神薙流奥義、終の型……絶影陣!」
地鳴りのような低い打撃音が響くのに合わせてティアは着地し、そのまま魔獣に背を向けてこちらへとゆっくり戻ってくる。そして、すっかり動かなくなった魔獣がその場に倒れ――巨大な重量が地面にたたきつけられた衝撃で、辺りに大きな砂煙が舞った。
魔獣の倒れ込んだ背中を見ると、全身の至る所から出血しているようであり――息もすでに無いようだった。恐ろしいほどの威力の衝撃が体内を駆け巡り、そのまま内臓を破壊してしまった結果だろう。
魔剣の威力があればこそ魔獣を倒すのは訳ないことではあるものの、自分は素手でこの巨体を倒すことは絶対にできない。魔獣を一撃で葬れるほどなら、第五世代型アンドロイドの装甲なら容易く破るだろう。
「……と、これが一応のボクなりの修行の成果かな。ホークウィンドが見せてくれた技を、ボクなりに改良してはみたんだけれど、どうにも一歩足らない感じがしてね……ソフィアちゃんの鍛錬と比べたら全然だよ」
「そんな……私だって、特別強くなってるわけじゃありませんし……」
「ナナコちゃんは十分強いよ。というか、君やアラン君の強さは腕っぷしもそうなんだけど、それ以外の部分もあると思うんだ。一緒に居ると希望が沸いてくるというか……どんな時でもあきらめず、何かをしてくれる、そんな強さがあるからね。
結局、クラウのことも進展していないし……ボクの方はこの一年間で、あまり進展があったとは言えないね」
ティアはそう言いながらため息を吐き――再び歩みを進めながら話を続ける。この一年の間で繰り返しクラウとの交信を試みたが上手くいっていないこと、同時に変わらず彼女の気配はどこかに感じているということを説明された。
「一つの仮説として、なんだけれど、クラウも高次元存在の庭とやらにいるんじゃないかな。クラウはピークォド号を守るために、魂を高次元存在に捧げた……そこはどこにでも繋がっている場所であり、魂の還る場所でもある訳だし……」
そこで言葉を切り、ティアは長い前髪を手ではけて、僅かに金色の羽が覗く包帯をあらわにした。
「……この体が部分的に黄金症を発症しているのは、クラウの魂が輪廻の輪に囚われず、高次元存在の庭に留まっているからかも知れない。そうなれば、ジャンヌと同じように戻ってこれる可能性はある訳だけど……そもそもジャンヌはどうして戻ってこれたか、詳細は聞いているかい?」
「すいません、アランさんと会って戻るように頼まれて、くらいのことしか聞いていないもので……」
「ナナコちゃんが悪い訳じゃないさ。しかし、ジャンヌにもう少し細かく話を聞いておくんだったな」
確かに、ジャンヌの状況を再現できれば、クラウも元に戻れるかもしれない。しかし、恐らくそれは簡単なことではないと思われる――もう少し事態が簡単であるのならば、ジャンヌ以外にもあちら側から戻ってくる人が居てもいいはずだから。
唯一自分たちが分かっているのは、ジャンヌ・アウィケンナ・ネストリウスがあちらでアラン・スミスに会ったということだけだ。もしアランに会うということだけが条件なのならば、アランはきっと片っ端から人々をこちらに戻す試みをしているだろう。もちろん、戻ってきたとて厳しい状況なことは間違いないので、誰振り構わずこちらに戻すことも問題ないのかもしれないが。
「……もしかしたら、アランさんがクラウさんを探してくれてるかもしれませんね」
自分でも思いがけず、ふとそんな言葉が出てきた。しかし、それはどこか確からしい気もする――ジャンヌをこちらへ戻したのならば、アランはきっとクラウだってこちらへ戻そうとするに違いない。
こちらの言葉にティアは一瞬驚いたようだったが、すぐに嬉しそうに微笑んだ。
「そうだね……でも、ボクらは方向音痴だからさ。あの子が迷子になって彷徨っているせいで、アラン君も探すのに手間取っているのかもしれないね」
そんな会話を続けつつも足早に行程を進め、一日後にはかつて魔王城と呼ばれた宇宙船アーク・レイの見える荒れ地まで辿り着いた。魔王城の麓は魔族の集落として使われていたらしいのだが、二年前の戦争とこの一年間の混乱とでボロボロに朽ちてしまっており、生物の気配すら感じられないほど寂しい場所だった。
「以前ここに来た時は、もっとわちゃわちゃしてたけれど……今は閑散としているね」
「えぇ、そうですわね……ここに来たのが二年近く前ですか。なんだか、もっと時間が経っているように思えますわね」
「でも、あの時のことはよく覚えているよ。決戦前だっていうのに、クラウと君は喧嘩していたよね……と、誰か来たみたいだ。殺気は感じないけれど……」
ティアの視線の先から、確かに何者かが近づいてくる気配を感じる。彼女の言うように殺気は無いし、魔獣のように大型でもない。
物陰から気配の主が現れると、その人物には見覚えがあった。長かった髪はセミロングに変わっているが、亜麻色のサラサラとした綺麗な髪は見違えようもないし――何より、美しいシルエットの肢体のうち、左腕だけが無骨な義手になっているのが、自分の知る彼女であろうという確実な証拠だった。
「皆さん、お久しぶりですね。チェンさんの言伝でこちらで待っておりました。魔王城に彼らはいませんので、ここから先は私が案内しますね」
殺風景な風景の中で、そう朗らかな声を上げて微笑む女性は、自分の記憶の中にあるスザクと名乗っていた女性――その宿主であるテレジア・エンデ・レムリアに間違いなかった。




