12-23:母と息子 下
「貴方とアラン・スミスが足掻いてくれたから……強い子供たちに出会うこともできた。こんな私を受け入れて、心を挫かず、右京やゴードン、強力な天使たちと戦おうという意思を持って抗い続ける人々……そう言う意味では、彼らは旧世界の人々よりも進んだ場所に居るとすら思えるわ」
「……どういうことだ?」
「旧世界の人々は、我々DAPAの扇動に抗うことが出来ず、その魂を高次元存在へと返した……いいえ、もしDAPAが存在しなかったとしても、いずれは同じような運命を辿っていたでしょう。
結局、旧世界の人々は進化の袋小路に囚われて、そこから脱却しようと抗うことが出来なかった。もちろん、そうならないように右京が上手く誘導したとも言えるけれどね」
逆に、もしも旧世界においてアラン・スミスが存命だったのならば、自分たちが惑星レムに到達することもなかったかもしれない。彼が存命だったのなら、力をつける前の我々を倒すこともできだろうし――そうでなくとも、あの光の巨人と戦うだけの気概を人々が見れば、旧世界だって違った顛末を辿っていたかもしれない。
そう思えば、レムリアの民が旧世界の人類を超えているかという点については議論の余地もあるかもしれないが――第六世代型達は旧世界の人類と同様に、間違いなく魂を持っているということは疑いようがないことだろう。
そして、旧世界と同様に衰退の一途をたどっていると言えども、第六世代型達はまだ己の意志で立っている。そこに焦点を当てれば、まだ残っている第六世代型達の方が旧世界の人々よりも進んだところにいる、という一意見があってもいいだろう。もちろん、自分の子供たちに対する贔屓目も多分にあることは否定しないのだが――。
「……第五世代と戦うことにも複雑な想いはあるわ。貴方達も第五世代型も、元々は私が生み出した子供たちだから。その者たちが争うのを見るのも心苦しい物はあるというのが本音よ。
それに、アズラエルやイスラーフィールを見ていると、肉の器の如何に関係なく、この星に生きるアンドロイド達は、確かに魂を持っている……そんな風に思うの」
「しかし、多くの第五世代たちは右京達の尖兵として第六世代型達を襲っている」
「えぇ、だからその点は割り切ってるつもりよ。今は右京達を倒し、モノリスのコントロールをレムへと返し、第五世代型達も眠りにつけるように尽力するつもり。
ともかく、そのために取れる手段として、貴方にそれを渡そうと思っていた……貴方は弓も得意だけれど、本来は魔法による戦闘を得意としていた。ADAMsが使える今では使い勝手も変わるでしょうけれど、無いよりはマシでしょう?」
「……生きているかも分からない者のため準備をしておくとは、酔狂なことだ」
「それだけ貴方を信用しているということです。復讐を果たすため、海と月の塔から落下しても生き残るだけの闘争心をその身に宿していたのですもの。空中要塞から落ちたくらいで死ぬ貴方ではないでしょう?」
振り返り、律儀にこちらの独白を聞いてくれた青年の顔を覗き込む。アルフレッドはこちらを見ず、ただ掌にある耳飾りを大事そうに眺め――長い髪をかき分け、この場で二つのイヤリングをその長い耳に取り付けてくれた。
「……これは受け取っておく」
「そうして頂戴。どうせ、貴方以外には扱いこなせる物でもありませんから。使い方の説明は?」
「付けていれば以前と同じように精霊魔法を扱うことが出来るのだろう?」
「えぇ」
「ならば不要だ……ついでだが、セブンスには私のことは言わないでくれ」
「了解よ、アルフレッド」
「T3だ」
「ふふ、ごめんなさい……でも、私にとっては貴方は復讐の虎である前に、私の可愛い息子の一人なのものですから」
彼とは血縁関係にある訳ではない。自分はエルフの身体に脳を移植してから、新たに誰かと契ることはしなかった――結婚しても先立たれるのは目に見えているし、もう実子を設ける気もなかったから。
フレディに対しては申し訳ないことをしたとも思う。彼の好意には気付いていたし、自分も彼の想いに関してはやぶさかではなかったのだが――かつての夫たちは仕事の外も精力的であり、自分は数いる異性の一人でしかなかったのに対し、フレディは自分のことを尊重してくれたから――都合の良い関係のままここまで付き合わせてしまった。
後悔ばかりの人生であったが、そんな自分が命を賭してでも守るべきものを最後に見つけられたのだ。この城塞都市に集って、最後まで戦う意思を諦めない、血のつながらない子供たちの未来のため――ヘイムダルで散った仲間たちのためにも、自分は最後まで抗って見せるつもりだ。
そしてある意味では、それこそがグロリアに対する贖罪になるとも思うのだ。正確には、あの子にはもう何もしてあげられないけれど――貴女の母は最後に心を改め、力を正しい方へと向けたのだと。すでに自分たちの仲を修復することは出来ないけれど、肉親が最後まで卑劣な支配者であったという事態は避けることだけは出来る。
そう思うようになってからは、自分の中の迷いは無くなった。もちろん、自分で勝手に決めたことであり、あの子から見たらまた勝手に決めつけて、と怒られるかもしれないが――結局言葉を尽くしたところで許されるものでもないのだから、自分で決めたことを最後まで貫き通す以外に選択肢は無い。
ただし、周囲に流されて、自分の責任から逃れることだけは止める――そして、命を賭してでも守りたいもののために戦う。これが、あの日にヘイムダルに散ったアズラエルが自分に教えてくれたことだ。
「……貴女も強くなったのですね、レア様」
ふと彼からこぼれた声色は、三百年前に自分を慕ってくれていた、優しい青年のモノだった。しかし青年はすぐに復讐者の様相を取り戻し、自分が立っている後ろの窓の外を見つめた。
「氷炎の鳥は北東へと飛び立った。もちろん、方角など追跡をさせないためのフェイクの可能性はあるが……少なくとも、偵察に来れる範囲内にゲンブも潜伏していることは間違いないだろう」
「そうでしょうね……目星はついているの?」
「あぁ、軍師チェン・ジュンダーが無為なことをするはずがない。奴が右京達を倒すため、この暗黒大陸で画策していること、それは恐らく……」
アルフレッドが見つめるその先――魔族によって支配されるその領域には彼らの住む集落は無数にあるものの、チェン・ジュンダーが求めるような施設などあるとは思えない。ただ一つ、この星の基準ではオーバーテクノロジーの塊である、自分たちがこの星に来るときに乗ってきた箱舟があることを除いて。




