12-22:母と息子 上
「T3だ……気付いていたのか?」
「えぇ、何となくではありますが……貴方は必ず生きていて、七柱の創造神たちの打倒を目指している。そして、いつか私に会いに来る……そんな気がしていました。
それに前回と今回の襲撃において、一部兵が派遣されていない場所での戦闘行動の形跡が見られました。一度ならず二度もあれば、何者かがこの街に潜んでいることは間違いない……それで、貴方がここにきていると確信したのです」
「成程……」
「逆に、少し意外だったわ。ソフィアがナナコに襲い掛かっているの見たら、止めに入るかと思っていたのに」
「確かに魔人の力を吸収し、ソフィア・オーウェルは力を増したことは疑いようもない……しかし、怒りだけで力を振り回す相手にセブンスが負けるはずがない」
最後にはセブンスも怒りに身を任せそうになっていたが、エルフの青年は首を横に振ってそう続けた。それは、彼女が貴方のことを悪く言っていたから――等というのも少々無粋であると思い、もう少し別の言葉を選ぶことにする。
「つまり、貴方はナナコの勝ちを確信していたからこそ手を出さなかったのであり……本当に危機的な状況ならば手を出した、ということかしら?」
「……それこそが、私が貴様らと合流しなかった理由だ」
アルフレッドは両手を組んだまま視線を落とし、外套に口元を隠しながら話を続ける。
「虎は単独で狩りを行う生き物だ。以前の私は群れに飼いならされ、牙が鈍っていた……もちろん、ヘイムダルから落下した傷を癒すのと、四肢の修復に時間がかかったのもあるがな」
「つまり、ナナコが居ると彼女を優先してしまうから、戦う力が削がれると……そう言いたいのね?」
「端的に言えばそう言うことだ」
我ながら意地わるく質問したつもりだったのだが、アルフレッドは驚くほど素直にこちらの言い分を認めた。以前の彼ならば、自分はクローンであるセブンスのことなど気にしないと言い放ったように思うのが――マリオンとは違い、彼はこの一年間で自分の心を十分に見つめたということなのだろう。
「強くなったわね、アルフレッド。貴方は自分の弱さを認められるようになった……あとは素直になれればなお良いのでしょうけれど」
「余計なお世話だ」
「……それで? 今日私の元に訪れたのは、改めて私の首を跳ねるためかしら?」
「貴様がそうして欲しいというのならばそうしてやる。お前が償いをしているのだとしても、過去の罪は消えはしないのだから。しかし……過去を清算するまで戦おうというのなら、その時までは待つつもりだ。
もっとも……貴様が娘に討たれたいというのなら、それでもかまわん」
「えぇ、そうしてくれと助かるわ……それで、これからのことなのだけれど……」
「……必要があれば手出しはするつもりだ。しかし、共に行動するつもりはない」
青年は瞼を閉じながら静かに呟いた。先ほど言っていたように、誰かと共に行動するとパフォーマンスを発揮しにくいからということなのだろう。変に拗らせすぎているとも思うし、結局自分たちを監視して手を出すつもりならば同行しているのに近いとも言えるのだが、その辺りは彼なりのルールということなのだろう。
そもそも姿を隠しておけばいいのに自分の前に現れたのだって、きっと彼なりに自分に気を使ったからのように思う。グロリアが存命していた――あれを生きていると定義するのは難しいかもしれないが、それでも確実に人格は存在する――ことを知り、以前のように自分が動揺していると思ってフォローをしに来てくれたのかもしれない。
そして、思いのほかこちらの様子が安定していたためだろう、アルフレッドは移動を始め、扉のドアに手を掛けた。普通にそこから出るつもりなのかとかとくだらないことを考えてしまったが、そんなことよりもまだこちらの要件は済んでいないことを思い出す。
「少し待って頂戴、貴方に渡したいものがあったの……大丈夫、役に立つ物よ」
執務机の引き出しから、彼のために作っておいた品を取り出し、それを青年の方へと投げて見せた。アルフレッドは器用に二つともキャッチして、掌にあるそれを――術式を刻んである宝石付きのイヤリングを眺めて見せた。
「これは?」
「強いて名づけるなら、精霊の耳飾りというところかしら。生体チップを取り除いてしまったことで使えなくなった貴方の精霊魔法を、私の権限で使えるようにしたものよ」
エルフの精霊魔法は神聖魔法と同様に、生体チップを媒介として創造神が――正確には七柱それぞれが持っている魔術演算のプログラムが――構成した術式を第六世代型に授けることで、魔術弾無しに魔法を行使できるようにする技術だ。アルフレッドは生体チップを摘出してしまったので魔法を授けることが出来なかったし、自分用のプログラム処理を行うストレージもモノリスから削除されてしまっているのだが、要するにローカルで処理すれば魔法の発現はできる。
精霊の耳飾りと名づけられたイヤリングには、演算済みの術式と、それを顕在させるためのマイクロチップが内蔵されている。上級の精霊魔法を使うには第五から第六階層程度の詠唱が必要になるが、中級程度ならば以前のように無詠唱で扱うことが出来るはずだ。
「……何故、これを私に?」
「そうね……勿論単純に戦力増強のためでもあるけれど、仮にこの先どうなったとしても、私が貴方に感謝しているから、かしら」
「感謝されるようなことをした覚えはない」
「いいえ、一年前に貴方が世界樹へと来てくれたから、私は罪滅ぼしのために立ち上がろうと決心できました。なし崩し的にチェンと同行した時と違って、今はこの魂を最後まで燃やして戦う覚悟があります。彼らのためにね」
椅子から立ち上がり、もう一度窓の元へと立ち、外で精力的に作業を続ける兵士たちを眺める。




