12-20:二人の母親 上
第五世代らの襲撃を撃退し、負傷した兵の治療を済ませた後、ナナコとジャンヌ・アウィケンナ・ネストリウスの二人に詰め所へと来てもらい事情の共有を行った。とはいえ、事前にレムがナナコには事情を話していてくれたので、専ら彼女らが持っている情報をこちらが共有してもらった、というのが正確な表現になる。
かつてレヴァル崩壊を狙ったジャンヌに対しては思うところのある兵も多いようだが、先ほどの襲撃で彼女が人類側に――正確には、第六世代型アンドロイド側に立って戦ったことにより――幾分か兵たちの態度も緩和されている印象ではある。さらに負傷者の治療に関しても自分やアガタと並んで積極的に行ってくれたことも、周囲の態度の緩和に一役買ってくれたようだ。
ともかく、今日は夜も更けており、とくに狂気山脈を強行軍で切り抜けてきた二人の疲労も鑑み、細かい打ち合わせはまた明日にしようということで会合は解散となった。現在執務室に残っているのは自分と、レヴァルに関する執務を一手に任されているマリオン・オーウェルの二人のみだ。
「浮かない顔をしているわね、マリオン……いえ、神妙な表情、と言う方が正しいかしら」
普段は何かと口を出してくる彼女が、先ほどの会合ではずっと上の空であった。その理由に関しては分かっているのだが――こちらが声を掛けると、マリオンはソファーの上で肩を揺らし、目の前にあるカップを一度あおった。
「レア様、そうですね……アガタ・ペトラルカらに娘が生きていると報告は受けていましたが、実際に生きている姿を見ると、複雑と言いますか……」
「嬉しくはないの?」
「嬉しくはあります。ですが……」
「……怖いのでしょう、実の娘のことが」
こちらの言葉に対して、マリオン・オーウェルは肩を強張らせたようだった。彼女が直面している課題は、かつて自分が通った道だ――それ故に、彼女の心情はなんとなくだが察することができる。
「他の者達は居ませんし、気を使う必要はありません。何より……私は貴女がソフィアにしていたこととは比較にならないほどの仕打ちを娘にした身です。そう言う意味では……感情を整理するのにはうってつけの相手だと思いますよ」
「お気遣い感謝しますが……仰ることの意図を測りかねているのが正直なところです。私は、別にソフィアのことを恐ろしいと思ったことはありませんから」
「本当にそうかしら? それなら、何故そんなにそわそわしているの?」
質問に対し、マリオンは無表情を貫く。こちらの意図を測りかねるというのは恐らく事実だ。自分が彼女くらいの年齢の時に同じような質問をされても、今のマリオンと同じような態度を取ったに違いない――自分のことは自分が一番理解しており、他人からとやかく言われるような筋合いは無いと。そんな風に思っただろうし、またマリオンもそのように思っているから目に見えて不機嫌になっているのだろう。
とはいえ、自分と違って彼女は、まだ引き返せるところにいるのだ。無駄なお節介と思われても、少しくらいはお小言を添えてみてもいいだろう。
「では、私が貴女の思考を言語化して見せましょう。貴女は、自らの政治のために実の娘を使った……というのは、実利の面から言って正しい一方、感情の面から見れば不正解。
貴女は、自分よりも遥かに賢い娘に自らの浅はかさを見抜かれて、失望されるのが怖かった。だから高圧的な態度を取って委縮させ、親には敵わないのだと刷り込ませ、娘をコントロールしようとした。違うかしら?」
「僭越ながら、私はそんな風に思ったことはありません。確かに、ソフィアは子供たちの中でも特別……持って生まれた才覚が桁違いであったのは認めます。
しかし、私は魔族との戦を鑑み、オーウェル家として打てる最善の手を尽くすために、あの子を利用したに過ぎません。貴族は皆そうしています……子は一族繁栄のための一つの駒であり、もっとも才覚のある者が家督を継ぎ、そして次の世代を利用していく、そのルールに則っただけです」
「えぇ、そうね。でも……それは貴族のルールであって、貴女の感情を言い表してはいないわ。もし貴女の感情がルールと完全に一致するのならば、きっと貴女はもう少し喜んだと思うのよ。使える駒が戻って来たと」
「……でも、あの子はもう、私の言うことは聞かないでしょう。力尽くで門を破りアラン・スミスに着いて行ってしまったのですから」
「えぇ、私の娘と全く一緒ね」
そう、グロリアとソフィアの境遇は、驚くほど一致していると言える。極地基地で二人を救い出したチェン・ジュンダーもそこに目をつけ、グロリアをソフィアに融合させたのだろう。実際、グロリアは精神的な状況が近い個体の方が高い適合率を示していたし――先ほどの状況を見るに、グロリアとソフィアは人格を融合させずに、上手く共存しているようだ。
つまり、ソフィア・オーウェルの身体と人格は以前と変わらず存続しているのであり――だからこそ、オーウェル親子はまだ引き返せる場所にいるとも言える。こんな世界が荒廃した状態で、仲直りと言うのも悠長かもしれないが――マリオン自身も自分たち母子の数奇な一致に興味を持ったのか、いつの間にか真剣な表情になってこちらの話に耳を傾けてくれているようだ。




