2-30:清浄なる炎 下
「……みんな、諦めないで!!」
気が付けば、自然と大きな声で叫んでいた。絶望色に染まっていた兵たちの顔は呆けたものになり、その視線がこちらに集まっている。
「……これ、言ったらダメなヤツらしいんですけど、それでも言いたいから言います! みんな、生きて帰って……みんなでお菓子を食べるんです! 美味しいお菓子を食べると、幸せな気持ちになります……今が絶望でも、心の奥底に希望を捨てないで! 諦めないでください!」
自分でも何を言っているか、支離滅裂で良く分からなかった。ただ、それでも、何かが届いたのか――レオ曹長が頭を抑えて笑った。
「……それは、准将の奢りで?」
「はい! 頑張って奢ります! みんなに……生きて帰った全員に!!」
出来る限り遠くの兵まで聞こえるように、一生懸命に声を張り上げる。私の言葉が次第に伝播したのか、兵たちの士気が多少は回復しているようだった。
とはいえ、やはり皆が皆、戦う意思を取り戻したわけではない。そもそも、物量で負けているのだから、これ以上継続して戦闘すること自体が困難なのだ。
死神の列は、段々とこちらに近づいてきている。どうする、何か策はないか――そう考えていると、ふと自分の前に一人の背の高い男性が立った。
「……それでは、私も一つ奢ってもらいましょうか、オーウェル准将」
「あ、アナタは……!?」
その声を、私は知っている。この場に居てほしい人、この絶望を、たった一人で覆せる人。肩までかかる髪は無精者だから、そして年相応に白髪が混じっている。
「アナタの先ほどの檄はとてもよかった。そして、よくここまで持ちこたえてくれました……後は私に任せなさい、ソフィア」
振り返った口元には、少ししわが寄っている。眼鏡の奥に光る灰色の瞳の持ち主は、間違いない、我が師匠アレイスター・ディックだった。
師匠は彼の杖、ウィズダムロッドのグリップを回し――それを振りかぶると、彼の前に七個の陣が浮かび上がる。
「第七階層魔術弾装填、我開く、七つの門、七つの力……大気の檻、無音の槌、神界の窯、全てを焦がす浄化の炎、祝福の風に乗り舞い上がれ!」
陣の内、二つは前方の空間へと飛んでいき、残りの五つが収縮していく。先生の第七階層魔術は、前方の大気を圧縮させ、そこに強力な炎熱と光のエネルギーを注入、一気に熱エネルギーを膨張させ、大爆発を起こす。その名は――。
「山吹色の神聖爆発【ディヴァイン・サンライトノヴァ】!!」
魔族の大群の前で圧縮された空気に、杖から照射された超高温の炎熱が照射される――引き起こされるのはまず光、ついで音、まばゆい閃光と轟音とが世界の全てを埋め尽くし、爆発の余波でこちらの身すら飛びそうになる。
少しの間、光と音のショックで何が起こっているか分からなかったが、落ち着いてから目を開くと、魔族が進行していた列の中央部分からきのこ雲が上がっていた。下も煙に巻き込まれどうなっているかは見えなかったが、次第に景色が顕わになってくると、生き残った両翼の魔族たちも、恐れをなして逃げ出しているようだった。
「ふぅ……久方ぶりに撃ちました。やっぱり、私はこういうのが向いているんですよ」
男はレバー引き、杖の先端を大地に置いて独りごちている。
「せ、先生! お久しぶりです!!」
「はい、オーウェル准将、お久しぶりですね」
「や、やめてください先生、その、階級は私のほうが上かもしれませんが、先生は私の先生なんですから……」
ディック師匠は、一応軍属的には中佐扱い――将軍クラスだと、勇者様との動向が難しいため――なので、こちらの方が上ということになってしまう。それでも、扱いに困って閑職に押し込められた私と、魔術の研究においても魔族との戦いにしても、最前線で戦っている師匠とでは、人類に対する貢献度が違いすぎる。
「ははは、相変わらず謙虚でよろしい。ですが、周りに面目も立ちませんからね、ひとまずは遠慮させていただきますよ、准将」
「むー……そ、そうだ! 街の方にも魔族が侵入しているんです!」
「大丈夫ですよ……後の三人が、そちらへ向かっていますから」
あとの三人、それを聞いて安心した。一時期同行していただけに過ぎないが、勇者たちも皆生きている――それに、その実力は本物だ。あの人たちならば、レヴァルを襲っている影たちをも、瞬く間に撃ち滅ぼしてくれるだろう。
「さて、獣人は先ほどの一撃で逃げ出したようですが、まだ不死者が残っていますね。それを片づけたら、戻るとしましょうか。准将は、まず魔術弾の再装填を」
「は、はい!!」
「それじゃあ、張り切って行きましょうか。なにせ、准将の奢りがあるんですから」
先生の意地悪な笑みは、しかし私に戦う力をみなぎらせてくれた。




