12-3:古代人の集落 上
狂気山脈は東西に広い連峰だ。正確には北西から南東へ抜ける山脈であり、横断する難易度は想像を絶するが、縦断するには物理的な距離はそこまで長くない。
それでもこの山脈が前人未到であったのには複数の理由がある。一つはレムリアの民の敵対勢力が跋扈する場所であるから――戦時中はもちろん、戦間期であっても一部の魔族がこの場で生活をしている他、魔獣も多く生息している。とくに道の整備されていない山間部においては大規模な討伐部隊を派遣するのも難しい故、敵対勢力と戦いながら山を切り拓くのが難しかったのだ。
次点に、単純に高低差や傾斜など、開拓するには物理的に厳しい環境であったというのもある。その最高地点は一万メートルに達するとされるほどの巨大な山々は、強靭な肉体を持つ魔族ならいざしらず、レムリアの民ではこの過酷な環境を踏破するのが難しい。
しかし開拓が断念された最大の要因は、この山脈の特殊な磁場により、方向感覚を失ってしまうということだろう。試しにコンパスを出してみるが、針がグルグルと周っており、一定の方角を示してくれない――人も同様であり、とくに日の刺さない森林では方向感覚を失い、同じところをぐるぐると周ってしまうようであり、こんな状態では地図を作ることだって不可能だ。
陸路で抜けるのならば山脈北西の海沿いを踏破すればいいとも考えられるが、そちらも海から切り立った断崖絶壁が多く、人が歩いていくには厳しい。そもそも山を越えなくても海路によって暗黒大陸へ行くことが可能な点も、この大連峰が長きに渡って手つかずだった理由に拍車をかけているだろう。
そういった状況下で自分たちにできることは、魔族がこの山々を超えられるという事実の基に、彼らが辿った道を追跡することで、この山々を超えていくこと――わざわざ最高峰を踏破する必要など無いが、いくつもの峠を超えていかないといけないのも確かであり、この先まだどれだけ時間が掛かるかも不透明だ。
辺りには薄くではあるが雪も積もっており、気温もかなり下がってきている。その上、針葉樹林帯を突っ切っている現在、落日の日からずっと続く曇天で日の方角も分からず、すでに方向感覚も失いつつある。元々は魔族が切り拓いた獣道を進むつもりだったのだが、雪のせいで痕跡も分からなくなっており、それを追跡するのも難しくなっていた。
そうなると、自分はどちらへ進めばいいのか皆目見当もつかないのだが――セブンスはなんだか自信満々に深い森林の先を指さしている。
「こっちが良いと思います!」
「……ホントに? 根拠は?」
「その、根拠はないんですが……私、方向感覚と勘は良いんです!」
下手に嘘をつかない点は彼女の美徳なのだろうが、如何せん勘が良いというだけで信じていい物だろうか。とはいえ、結局自分が行く方向を決めるかセブンスが決めるかの二択であるわけだし、彼女の敵を察知する能力は並外れたものではない。お世辞にもおつむが優れているとは言い難いが、勘が鋭いということ自体に間違いは無いように思う。
それならばと、彼女が指さしている方向に進むことにした。より鬱蒼とした深い森の中を歩くはめにはなるのだが、下手に崖や沢に当たるよりはマシであるし、実際に彼女の指し示す道にはそう言った危険性は無かった。
もちろん、安全という訳でもないのだが――舗装されていない道を踏破するだけでも大変だし、散発的な魔獣の襲撃もある。群れを為す比較的小型の魔獣相手の場合には、自分も戦列に加わって撃退に努めた。
そんな調子で山へ入って四日ほど経つが、暗黒大陸へと近づいている感覚はなんとなくだがあった。たまに見晴らしの良い所に立った時の風景を見る感じで言えば、現在は丁度縦断するための中間地点と言ったところだろうか――北へ直進出来ているわけでなく、歩けるところを探しながら蛇行しつつ進んでいるので、まだまだ山脈を抜けるのには時間もかかりそうだ。
逆を言えば、わずか二人で前人未到の山脈を超えられるというのも凄いことだが――ひとつ厄介なことがあった。それは、人懐っこいセブンスが何かと会話をしたがる点だ。こちらから声を掛けないと、自然と向こうからの質問が多くなる。あまり自分のことを話したいわけではないので、質問されるのは避けたい。なれば――。
「……私のことですか? でも、私がクローンであることとかは話しましたし、一年以上前の記憶が無いので、そんなに話すことも……」
「逆を言えば、ここ一年の記憶はある訳でしょう? 仲間を探してレムリア大陸を彷徨っていたっていのは聞いているけれど、もう少し具体的に何をしていたか聞いてみたいの」
実際あまり興味がある訳でもないのだが、「聞いてみたい」と言えば断りにくいだろう。セブンスも「私のことに興味を持ってくれて恐縮です!」と言いながらも、ここ一年間のことをぽつりぽつりと話し出した。
彼女が行く先々で体験した一つ一つのエピソードは、以下のいずれかに分類された。魔獣や天使の――第五世代型アンドロイドと言うらしい――襲撃に困っている人々を助けるというのは大体一緒だが、素直に感謝される場合、残って欲しいと依頼を受ける場合、強大な力を持つ彼女に対して怯えてしまう場合、以上の三つだ。
折角助けた相手から恐れられるなどと言うのも不憫だとも思うが、少女は少し寂しそうな顔をするだけであまり気にしている様子でもなかった。こんな世の中なので、人々の心が荒んでいるだけだと――お人よしにもほどがあるとも思うが、その無欲で献身的な精神は、ある意味では勇者ナナセの現身だからこそというのもあるのかもしれない。
話は大体似た結末に収束するので、こちらとしては――自分から聞いておいてなんだが――相手の話に聞き飽きてきていた。しかし、セブンスは一つ一つのエピソードをゆっくりとかみしめるように話すので、無下にするのも違うかと思って耳を傾けていると、段々と話題はゲンブ一派の話へと移っていった。




