11-90:狂気の山脈を超えて 下
そんな中、自分は山脈の麓にあるハインライン辺境伯領まで足を運んでいた。ここはとくにレムリア東部の要所と言うことで、ボーゲンホルン家の当主の援助の元――ボーゲンホルンのドラ息子が辺境伯領でひと悶着おこしたようだが、当主は有能と言える――残った領民達が力を合わせて土地を守り、主君が戻ってくるのを待っているらしかった。
街の集会所に向かい、東部にそびえる険しい山々を超えるための用心棒を募ることにした。レヴァルの噂を聞きつけ、自分以外にも陸路でそこを目指すの者がいるのではないかと思ったのだが――この場に残っている者たちの多くは辺境伯領を守るのに滞在しているのであり、山を超えていこうという酔狂な者は居なかった。
もしかしたら、そのうち自分のような者が現れるかもしれない。そう思って集会所の連絡版で傭兵の募集をかけてみることにした。とはいえ、冬が本格化すればより山を越えるのが厳しくなる――もう数日待ってダメなら、一人であの山脈に挑むつもりだった。
神々の祝福を失った世界で、自分は魔法を扱うことが出来た。邪神ティグリスの加護という訳ではなく、恐らくはあの不思議な世界に触れたのが原因だと思う。アレが魂の還る場所、つまり主神のおわす場所であるのなら、自分は七柱の加護を通り越して主神の加護の元、魔法を扱えるのだろう――そのように自己分析していた。
ともかく魔法が使える以上、無理をすれば一人での山越えも不可能ではないだろう。魔獣のように巨大な敵を相手にするには向かないが、身をひそめながら慎重に進めば何とか――いや、厳しいか。魔獣を避けて行けばそれだけ時間もかかるし、一人では持っていける食料にだって限りはある。
そうなれば、やはり魔獣を倒せるような強力な味方が欲しい。その上、雪山を踏破できるだけの荷物を運べるだけの力がある者がベストだ。望みを掛けて数日待つと、何と自分のようにあの山を超えて行こうと思っていた者が居たらしく、今はその者と待ち合わせをしている最中だった。
自分に言伝してくれた人が言うには、その者は巨大な剣を操り、魔獣を一刀に臥すほどの実力者らしい。戦う姿は剣の勇者の再来のようだとか――まぁこう言った噂には尾ひれが付くのは世の常だろうが、とりあえず力のありそうな者が合流してくれるのはありがたい。
「……狂気山脈を超えて行こうって言うのは、アナタですか?」
声のした方へと振り返ると、そこには一人の少女が立っていた――そう、細い腕の少女だ。年の頃は十代前半に見えるが、童顔が故に見た目より幼く見えているだけで、実際はもう少し上かもしれない。うざったいほど長い銀の髪をくたびれた赤い布で後ろで結っており、所在なさげにこちらを見つめているのだが――ただ一つ噂の通りな点と言えば、身の丈ほどある巨大な剣のようなものを背負っているという所か。
「そうだけれど……貴女が凄腕の傭兵なの? 随分と若いみたいだけれど……」
「え、えとえとえと! そんな凄腕とか言うほど大層なものではないと言いますか……若輩者で恐縮の極みと言いますか! でも、私もあの山脈を超えて行こうと思ってるんです!」
そう言いながら、少女は集会所の窓からのぞく山脈を指さした。やはり、この子が同行希望者で間違いなさそうだ。一見すると頼りなさそうだが、あんな重そうな物を背負っているのだから、ひとまず力だけはあるに違いない。
それに、人は見かけによらない。本当に魔獣を屠れるだけの実力者の可能性だってある。最悪の場合は荷物を持ってもらえばいいし、噂通りの力があるならこの上ない味方とも言えるだろう。強いて言えば、その小さな身体で巨大な獲物を持っている所がアガタ・ペトラルカを彷彿させるのがイヤな点ではあるが――四の五の言っている場合でもないだろう。
「ふぅ……まぁ良いわ。このご時世にそんな鉄塊を背負って生き残ってるんだし、腕は確かなのでしょうから」
「それじゃあ、一緒に行ってくれるんですね!?」
「えぇ、他にアレを超えるだけの胆力がある者もいないようだし」
窓の外に顎を向けながらそう言うと、少女の顔がパッと明るくなった。
「わぁ、良かったです! 魔獣とかは私一人でも問題ないんですけど、如何せん雪山に一人じゃ何かあった時に怖いじゃないですか? うとうとしたら凍死しちゃうかもしれないし……それで、誰か一緒に行ってくれる人が居たらありがたいなーなんて思ってたんですよ!」
先ほどまで所在なさげだった少女は、口調こそ丁寧なものの、突然馴れ馴れしくまくしたて始めた。自分としてはこういうタイプは苦手だ――この終わり行く世界で出会った中で、最も呑気な手合いかもしれない。
いや、きっと彼女は希望を捨てていないのだ。それに――瞳の色が似ているせいだろう、最初はアガタを彷彿させていたが、この子はどちらかと言えばアラン・スミスに雰囲気が近いように思う。暑苦しくて付き合いやすいタイプでないのは間違いないが、同行者が下手に辛気臭いよりはきっとマシだろう。
そんな風に思っている傍らで、少女は再び所在なさげに「えぇっと、その」と首を左右に振っている。恐らく、こちらを何と呼べばいいか困っているようだ――本来の家名は忌み名だが、こんな世界ではそれを糾弾する者もいないだろう。何より、この名は自分が七柱の創造神達と戦うために背負った名でもあるし、本名を挙げたほうが決意も改まるだろう。
「……私はジャンヌ。ジャンヌ・アウィケンナ・ネストリウス。貴女は?」
「ジャンヌさん、よろしくお願いします! それで、私は……」
こちらの質問に対し少女は何故だか少し悩むように瞼を閉じた。まさかどこぞかの記憶喪失でもあるまいし、自分の名が分からないということは無いと思うのだが――ややあってからダークブラウンの瞳でこちらを見つめ、少女は胸に手を当てながら口を開いた。
「そうですね、私のことはナナコと呼んでください。もしくは、セブンスでも大丈夫ですよ!」
どちらの名も少々変わっているし、音も響きも全く異なる名を持っているというのもおかしな話だが――ともかく、ナナコ、あるいはセブンスと名乗った少女は、花のような笑顔を浮かべたのだった。
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