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11-89:狂気の山脈を超えて 上

 あれからかなりの時間が経過してしまった。既に暦は機能しておらず、今が何月何日なのか正確なことは分からなくなったが――季節は目覚めた時の夏から一周しており、すでに秋の気配も深まってきている。アラン・スミスがレヴァル大聖堂を尋ねてきたあの日から、二年近い月日が経過していることになる。


 サンシラウの村で目が覚めてから、世界の状況は一変していた。多くの村民は黄金症という病理に蝕まれ、全身が金色の彫像と化していた。村を発ち、様々な街や村を巡っても、どこも状況は同じだった。それだけでなく、黄金症は徐々に進行しており――ただでさえ激減した人類は、その数をまだ徐々に減らし続けていた。


 要するに、あの不思議な空間で出会ったアラン・スミスが言っていたことは全て事実だったということになる。同時に、彼は世界の終わりの日に魂をあの場に捕らえられたのであり、現世の細かい状況までは認識していなかったのだ――実際、現世の状況は次のようになっている。


 本来なら残った人々を纏め上げるべき教会や学院は、完全にその機能を沈黙させていた。為政者の多くも黄金症により物言わぬ彫像と化しており、そうでなくとも世界が終わった日に、神々はレムリアの民を見捨てた――そうなれば、残った者たちも神々が統べていた学院や教会という機関を頼る訳にもいかなかったのだろう。唯一、王国やそれに準ずる貴族たちの中でも、とくに高潔な者のみが僅かに残った臣民を纏め上げ、各所に小さなコミュニティを作っており、僅かに凝った人々はそこに依拠して生活をしている。


 黄金症以外の脅威もある。魔族も黄金症に浸食されているため、戦争の再発という危機こそ起こっていないようではあるが、代わりに教会や学院によって掃討されていた魔獣たちがその勢力を増しているのだ。魔獣たちには秩序はもなく、あるのはその巨大な体の飢えを満たすだけの食欲であり――怪物たちは黄金症に陥った人々を捕食することは無いようだが、生きているレムリアの民たちを襲うことはままあった。


 それだけでなく、鋼鉄の身体を持つ襲撃者も存在する。とはいえ、鉄の化け物たちは人々をいたずらに殺したりはしない――動きは秩序めいており、その武力行使は威嚇や建物の破壊、少ない食料の奪取などに留まっている。その目的は、人々の心に絶望を降らせ、黄金症の進行を早めることだろうと予測はついた。


 自分はレムリア大陸を渡り歩き、なんとかゲンブやレア神を探し出そうと努めた。別に、アラン・スミスのためという気はサラサラないのだが、それでも現状を打破するのには強力な味方が必要なことは間違いない。そもそも、ゲンブやレア神が生きているという確証すらないのだが――あの男の言ったことを信じて探し続けるしかない。


 アラン・スミスにそそのかされて、現世に戻ってきたことを後悔したこともあった。今の現状は戦時中すら生ぬるいと言えるほど過酷な環境であるからだ。現世こそまさしく地獄と化しているのであり、魂の揺り籠に捕らえられていた方がマシだったと思ってしまう。


 それでも、自分の心が絶望に染まり切らなかったのは、世界を滅茶苦茶にした七柱の創造神たちへの怒りが絶望に勝ったのであり――同時に、一度は信じたお人よしの邪神に報いようという、我ながら健気な感情も全くなかったという訳でもない。


 そして季節が一巡する中で、僅かに残ったレムリアの民たちの間でとある噂が流れ始めた。海の向こう、かつて魔族の最前線基地として存在した城塞都市に、七柱の創造神に対抗するための人々が集まっていると。


 そこに行けばゲンブやレア神に会える可能性は高いと思ったし、仮に二人に会えなくとも、そこにはアラン・スミスを救い出せる何者かがいるかもしれない。噂が本当かどうかも分からないが、どうせ他にすがれるモノもない――そう思ってかつて自分が司教を努めた因縁の地を目指す事に決めた。


 しかし、海を渡ること事態が簡単ではない。既に行政や通商もほとんど機能していない昨今、単純に中海を超えていく船が出ていないのだ。正確には、つい先日まで出ていたようだが、自分が港についた時には既に遅く、次の船が出るか不明ということだった。


 それもそのはず、海は以前の空を写す青ではなく、黄金症を彷彿させる金色の輝きを放っている――その不吉さに海を忌避するのも仕方ないし、何より海の魔獣は顕在であり、魔術師による防衛が無い状態で海を渡るのは自殺行為に近い。以前は詰め所に存在していた白服たちも数を激減させており、もはや海路で暗黒大陸を目指すことはできなさそうだった。


 レヴァルに向かうのは海路が一般的だが、一応レムリアと暗黒大陸とは陸続きである。ただし、暗黒大陸に辿り着くには前人未到の高峰を超えていかなければならない。魔族が降りてくることがあることから、人が絶対に超えられない壁と言う訳でもないはずだが――既に山の山頂には雪も積もり、恐らく魔獣が跋扈しているであろうあの山脈を超えていくのに一人は厳しい。

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