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11-85:The Buddy and the Tiger 中

「貴方の言う通り、何となくだけれど戻ることはできそうな気がする」

「それじゃあ……!?」

「勘違いしないで頂戴。別に、私は貴方のために戻るつもりはない……七柱の創造神たちが顕在で、好き勝手しようとしているのが気に食わないだけよ」

「あぁ、それで全く問題ない。お前は、お前のために頑張ればいいんだ、ジャンヌ」

「ジャンヌ・アウィケンナ・ネストリウス、それが私の本当の名前よ、お人好しな邪神さん」


 そう言いながら不敵に笑い、ジャンヌは改めてべスターの方へと向き直った。


「確認させて。現世に戻っても、もはや二重思考をしなくても大丈夫かしら?」

「警戒するならしたほうが良いだろうが、しなくても問題ないはずだ。残っている人々の心には、既に七柱に対する信仰心は無い……そもそも、レムリアの民たちの精神を司っていた女神レムは消失してしまった。監視しようと思えばできるだろうが、逐一誰それと確認されることは無いだろう」

「もう一つ、私はゲンブにアラン・スミスが海中にいることを知らせればいいのよね?」

「あぁ、もしゲンブと連絡がつかないのなら、レア神でも構わない……生きていればだがな。場所は深海のモノリスと言えば分かってくれるだろう」

「深海のモノリスね。了解よ」


 べスターに対して頷き返し、ジャンヌは光の道しるべをしばし眺め――ふと視線を上げて、こちらの顔をじっと眺めてきた。


「まさか崇拝していた神様がこんなだとは思わなかったけれど……一つだけ間違いなかったことはある。それは、私の信じた神は七柱の創造神と違い、誰かを救うためにその力を行使しているということ。

 まぁ、毒付きのナイフを投げられたり、身投げする自分を空中で受け止めたり、何だか滅茶苦茶なのは間違いないけれど……少なくとも、他の神を信じるよりは、ティグリス神を信じていてよかったと思うわ」


 言葉遣いはやや高圧的だが、優し気に微笑むその表情を見ると、初めて大聖堂であった時のことを思い出す――何となくだが、彼女の本性はこちらなのではないかとも思う。


 レヴァル襲撃などと言う恐ろしい計画を実行してしまった彼女だが、それも社会や時代に圧迫され、逃げ場もなかった彼女が自由になるために取った一つの選択なのだ。もしも生まれる時代が違ったら、こんな風に穏やかに笑いながら暮らしていたのかもしれない。


「ジャンヌ、頼んだぞ」

「えぇ、任されたわ」


 こちらへ背を向け、ジャンヌ・アウィケンナ・ネストリウスは光の筋を辿って歩き始めた。足元を走る筋を除いて、扉の奥は深い闇に覆われており、すぐに彼女の背中も見えなくなり――彼女の魂の気配が感じ取れなくなるほど遠くなった後、辺りの景色は再び夜の海岸へと戻ったのだった。


 ジャンヌが去っていったのを見送って、幾許かの時間が経過した。とはいえ、体感時間にすれば数分と言ったところで、何か劇的な変化があった訳でもない――ここの体感時間が外とのものと一致しているかも分からないし、そもそもジャンヌが本当に現世に帰れたという確証もないのだが。


 何にしても、男二人で押し黙っていても面白味がないのも確かなことだ。ジャンヌの件でやりたいことも出来た。それを実行しようと思って魂だけの身体を捻っていると、べスターがこちらを見ながら煙を吐き出していた。


「アラン。これからどうする?」

「お前はいつもどうするって聞いてくるな。まぁ、ジャンヌが帰ってゲンブに話してくれるまで待つって言うのが常道だろうが……待っている間にやるべきことが見つかった。

 恐らく、ここには高次元存在の元に還ってきて、同時に次の輪廻の輪に組み込まれていない魂たちが集っている……それなら、あの子の魂も見つかるかもしれない」


 ティアは確かにあの子の気配を感じると言っていた――彼女もきっとこの場にいるのだ。彼女は右京達によって捕らえられたわけではないものの、もしかすると自分やべスターのように、現世に対する何かしらの想いが、彼女の魂をここに留めているのかもしれない。


 そうなれば、彼女を探し出すのが自分の役目だろう。道に迷ったら、必ず見つけ出すと約束したのだから。


「それに、ちょうど歩き周れる足も生えてきたことだしな。有効活用させてもらうことにするよ」

「数億の魂の中から見つけ出すつもりか? あまり現実的な作業とは思えんが……」


 男は冷静にそう言った後、どこか達観したような、同時に呆れたような表情で笑みを浮かべる。


「……まぁ、それでもお前ならやり遂げるんだろうな」

「あぁ。やり遂げてみせるさ。お前に付き合わせるのはちょっと忍びないが」

「いや、どうやら……オレは付きあえんようだ」


 申し訳なさそうに俯く男の身体から、金色の粒子が立ち昇り始めた。これが魂の本来あるべき姿なのだろう――肉の器が滅んで原初へと還った魂は、次なる生へと向けて旅立っていくのだ。

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