11-82:億分の一の再会 中
「しかし責任を取るといっても、どうやって現世に帰るつもりだ? 魂と記憶は元に戻ったようだが、肝心の器が破損したままだぞ」
「そこはお前の灰色の脳細胞を活用して、打開策をだな……」
「オレの専門はバイオメカトロニクスなんだ。推理だの作戦だのは得意じゃない」
「ヤニにまみれてしぼんだ脳みそだったか」
「オレが考えたプランを基本的に無視する誰かさんに文句を言われる筋合いはないぞ。しかし、現状を打開するにはチェンと連絡を取れるのが一番だろうな」
「アイツはヘイムダルの激戦を生き延びた可能性が高いと?」
「あぁ、チェン・ジュンダーの最も優れた点は、卓越した危機管理能力にある……だからこそ一万年の時を超えて、DAPAと戦い続けられているんだ。
そもそも、ずっと人形のまま活動していたのは、本体をどこかに隠していたからだろう」
「確かにな。そうなれば、なんとか外部と連絡が取れれば……」
自分の動きに合わせ、べスターも同じように周囲を見回し始めた。そして何か違和感を感じたのか、煙草を咥えたまま耳をすましているようだった。
「今更だが、何か聞こえないか? 波の音じゃなくて、何か小さな耳鳴りのようなものがするんだが……」
「あぁ、そりゃそうだろうな。ここに居るのは俺とお前だけじゃないはずだから」
そう言いながら、自分は辺りをざわつく僅かな光を指し示した。男二人でそのうちの一つを注視し――すると、光の粒子が一か所に集まって人の形を取った。身にまとっていた服装などから察するに、恐らくは自分たちと同じように光の巨人に取り込まれたレムリアの民の魂なのだろうが――それらがこの広大な領域に無数に存在しているのだ。
「周りからしてみたら、俺たちも同じような光の粒子に見えているのかもな。ここは、高次元存在の庭だ。多次元宇宙の隙間を揺蕩う、無限の空間……どこにも存在し、どこにも存在しない。肉の器にある人が本来なら到達することのできない場所であり、同時に魂の還る場所でもある……と思う」
「なんだ、歯切れが悪いな」
「そうは言うがな、神様は非言語的コミュニケーションしか取ってくれないから、なんとなくそうだと察することしか出来ないんだよ。だから、断言するのは難しいんだ」
会話を続けながらも、人の姿を取った男性を二人で見つめ――魂だけになってこの場を揺蕩っているという点では同じだが、自分たちとレムリアの民が違う点は、自我を喪失しているか否かの差だろう。虚ろな目で膝を抱えている男は、どう見ても心ここにあらずと言った様子であり――そして視線を外すと、傍らで男の魂が霧散したようだった。消えたというより、自分たちが意識をしなくなったので元の粒子へと還ったというのが正解だろう。
「……恐らく、第六世代たちの魂が、レムの海に捕らえられているんだ。ここは全宇宙、全時空間の魂が一挙に集まる場所なわけだが……普通は輪廻の輪に組み込まれるから、魂たちは一か所にとどまることはないはずなんだ。それらが留まっているということは……」
「成程。その仮説が正しいとするのなら、右京達の計画を完全にとん挫したわけではないということだな」
確かに、もしこの海に漂う魂たちがレムリアの民たちであるのならば、自分が上位存在に蹴りをかましたときから事態は好転していないということなのだろう。一時的に高次元存在を降ろすのを中止させられただけで、残った第六世代たちの魂に絶望が降りれば、右京の目論みは再開されるということなのだろうから。
そうなれば、あまり悠長なことをしているわけにはいかない。何か手段は無いか――そう思いながら辺りを見回していると再び金色の粒子が集まり始め、今度は砂浜に一人の女性の魂が形を取った。その魂に近づいていくと辺りの景色が変わり始める。恐らく、これが彼女の心象風景なのだろう――寂れた小さな聖堂へと切り替わった。
その場に見覚えは無かったが、その魂が取った姿には見覚えがあった。
「……ジャンヌか!?」
まさか知っている者と接触できるとは思ってもいなかった。レムリアの民の人口がどんなものかは分からないが、恐らく数億単位は存在するはず。そうなると知人に――敵対関係にあった間柄ではあるが――会えたのは奇跡に近い。
ジャンヌの魂は呆然自失という調子であり、膝を抱えたまま焦点の定まらない瞳でどこぞかを眺めているだけだ。声を掛けてどうなるかも分からないが、ひとまず肩に手をかけ、揺さぶってみることにする。
「おい、ジャンヌ!」
「……ジャンヌ?」
「あぁ、そうだ! しっかりしろ、ジャンヌ・ロビタ!」
彼女の名を呼んでみると一瞬だけ反応を得られたが、彼女は自分のことすら分からないという調子であり――肩をつかんで身体を揺らしても為されるがままで、変わらず虚ろな目をしている。




