11-81:億分の一の再会 上
「……本当に、馬鹿だなお前らは」
再び元の海岸に戻ってくると、べスターが空を仰ぎながら煙を吐き出した。
「おい、お前らとはなんだ。俺はアイツほど馬鹿じゃないぞ」
「ぶっ飛び具合では大差は無いぞ。自分を殺した相手に妹を託すとか、正気じゃない」
「いや、あの時はだな、良い相手と落ち着けば、色々と思い直してくれるんじゃないかと……まぁ、そうだな。俺も馬鹿だった」
「ふぅ……まぁ、右京の奴は馬鹿の上に大が付く。そう言う意味じゃ、アイツの勝ちだな」
「負けと言われるとなんか癪だな」
「面倒くさい奴め」
「お前がそれを言うのか?」
「……違いない。しかし、妙に納得もしたな。想像の斜め上の動機でこそあったが、アイツらしいと言えばアイツらしい」
「だろう?」
「それで……お前はどうするつもりだ、アラン」
「そんなの決まってるぜべスター。あの大馬鹿野郎の顔面ぶん殴って、ぶっ飛ばしてやるんだ。
要するに、アイツは思い描く理想が高すぎて、現実の自分がついていけなかったって話だろう? その差分を永久に埋められないから勝手に苦しんで、全世界を巻き込んで死のうなんて、あまりにも馬鹿らしくて怒る気力も失せるってもんだ」
「怒る気力も失せるのにぶん殴るってのも理不尽な気もするが、同感だ」
こちらの言葉に対し、べスターも苦笑いを浮かべながら頷いた。そして、フィルターに口をつけて煙をゆっくりと吸うと、真面目な――というより憐憫という方が正しいかもしれない――表情へと切り替わった。
「随分極端なところに思考がいってしまったとは思うが、アイツの気持ちが全く分からないでもない。イヤなことがあれば死にたいだとか、いっそ世界が滅びれば良いとか思うのは誰にだってある……まさかそれを実直に実現しようだなんて奴が出てくるとは思わなかったが」
「あぁ、そうだな……だが、何度も立ち返るチャンスはあったはずなのに、全てをふいにしてきたのは右京自身だ。
それに……今回の、この惑星レムにおける事の発端は、俺が晴子を頼むなんて右京に言っちまったせいとも言える。そうなれば、俺がその責任を取らなければならない」
金字塔の屋上で妹を頼むと右京に託さなければ、アイツは晴子を迎えに行かなかっただろうか? もしあの病室から晴子を連れ出したのがべスターとグロリアだったら、少なくとも自分はこの場には居なかったに違いない。
一方で――結果論的にではあるが――晴子が右京に着いて行ったからこそ、一万年越しに反撃のチャンスができたとも言える。もし女神レムがDAPA側に存在しなければ、自分はこの惑星において復活することも無かったはずだからだ。そう言う意味では、過去の自分の発言は怪我の功名とも言えるかもしれない。
右京はアラン・スミスに妹を託されたにも関わらず、病院に迎えに行くのには時間がかかった訳だが――その時のアイツの苦悩は、何となくだが分かる。屋上で苦悶の表情を浮かべる右京を思い返すと、晴子と向き合うことにはギリギリまで悩んだに違いない。
むしろ、アイツはべスターが晴子を迎えに行ってくれたら良かったのにとすら思っていたはずだ。もしそうなら、右京は伊藤晴子にも、アラン・スミスの遺言にも向き合わずにいられるのだから。
それでも最終的に晴子を迎えに行ったこと自体が、やはり星右京は世界に絶望しきれていない証拠のように思われる。晴子といれば何かが変わるかもしれない――散々に悩んだ挙句に、おっかなびっくりに病院にまで行って、扉を開ける直前にいつものすかした表情に切り替えて、晴子に声を掛けたのだろう。
そんな姿がアリアリと思い浮かぶからだろうか。右京に対して浮かんでくる感情は、燃え滾るような怒りでも凍り付くような殺意でもなく、やはり「馬鹿な奴」という憐憫なのだ。
そんな風に思っている傍ら、スモーカーが横で「成程」という言葉と同時に煙を吐き出した。




