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11-80:ボヘミアン・ラプソディー 下

「晴子のことも……無意味だったと言うのか?」


 息も絶え絶えの虎の質問に対し、少年は動揺して肩を揺らしたようだ。しかし、またすぐに落ち着きを取り戻し、いつもの落ち着いた調子で話し始める。


「晴子のことを大切に思っているのは嘘じゃない……それだけじゃない。二課で過ごした日々だって、充実したものだったって言うのは本当なんだ」

「それじゃあ、どうして……」

「……僕の意思が変わらなかったのはね、先輩が原因だよ」

「おれ、が……?」


 虎の質問に対し、少年はゆっくりと、深く頷き返した。


「確かにアナタを見て、僕は何度かこんなバカなことは止めようと思い直した。世界には悪い人だけじゃない、こんなにも素晴らしい人がいるんだと……それが僕の希望であり、同時に絶望だった。

 アナタを見ていると、僕はどうしようもない劣等感にさいなまれるんだ。どんな絶望からも立ち上がる不屈のヒーロー。いつかの日に憧れた、物語の中の登場人物が飛び出してきたかのような存在……そして、決して手の届かない存在。

 べスターさんもグロリアも、クラークも……そして晴子も。いつもアナタばかりを見ている。彼らの人生に、多大な影響を与えている……僕なんか比べ物にならないほどにね。それがどれだけ羨ましかったことか。どれだけ悔しかったことか。

 一方的な当てつけだってことは重々承知だよ。でもね、アナタの強さを目の当たりにするたびに、僕はこんな強くて優しい人にはなれないと思い知らされるんだ。絶対に追いつけない背中を見るたびに、自分という存在がやはり矮小で、卑屈で、それに嫉妬している自分がどれだけ卑しい存在かを思い知らされる。

 同時に、こんな自分なんか、やはり世界に存在していてはいけないんだって……アナタを見ていると、消え去りたい心地がどうしても拭えなくなるんだ」


 右京の声は、低く無感情なものだった。激昂しそうになるのを理性で抑えているのか――というよりは、泣きそうになるのを何とか抑えている、という方が正確かもしれない。


 やはり、自分の考えは正解だったと言える。右京は世界に真の意味で世界に絶望しているわけではないのだ。アラン・スミスが誰かに影響を与えているのを羨むというのは、少年自身が他者との繋がりを希求していることに他ならないからだ。


 他者から隠れるように生きていて、同時に誰かに認めて欲しいなどと言うのはまったく我儘だとも思うが――ともかく、抱えていたコンプレックスを吐き出して少しすっきりしたのか、右京はいつもの落ち着きを取り戻したようだ。


「最後に、これだけは言わせてくれ。僕がアナタを尊敬している気持ちも本物なんだ。同時に、アナタにはたくさん、自分でも見えていなかった部分を引き出された……話していて、アナタほど心地よい人も居なかった。

 だからこそ……もうアナタに休んで欲しいと思ったのも確かなんだ。クラークが倒れても、DAPAが解体されても、国際機関の闘争が落ち着いても……その後は? モノリスの力で進化した人々は、今度は宇宙でも戦争が繰り広げられるだろう。

 そうなった時、きっとアナタは、見知らぬ誰かを一人でも救うために戦い続ける……救われる側だって禄でもない矮小な人間で、誰かを平然と傷つけられるのに関わらず、アナタは誰かのために傷つき続けるんだ。

 そんな理不尽の輪からアナタを救い出すには……アナタのような良き人の魂が、弱者によって利用されないようにするには、この世界を無に帰すしかない。もはや、こんなことを言っても、ただの自己満足にしかならないけれどね……」


 自己弁護はそこで終わり、血に臥した虎は呆然とした様子で少年を見つめていた。過去の自分は今ほど冷静でなく、ただ――自らの死が近づいていることだけは分かっており、泣きそうな少年を救う力が既に自分に無いことだけは自覚していた。


「なぁ、右京……」

「どんな罵詈雑言でも受け止めるよ」

「晴子のことは、どうするつもりなんだ……?」」

「どうもこうもしない……もう彼女に合わせる顔もないからね。もう二度と会わない、それだけさ」

「……俺のことで、気に病んでるなら……気にすることは無い……もし、思い直す気があるのなら……晴子と、一緒に……」

「……なんだって?」


 アラン・スミスの言葉に、右京は訝しむ様な表情を浮かべる。結果から見れば、自分が言ったことは大失敗だった訳だが――何も全く考えなしに言ったわけではない。


「お前の悩みは、お前にしか分からないだろう……それを、分かるなんて言わないさ。しかし……お前の言っていることが、全部が本心とも、思えないんだ。

 きっと、誰かといれば……気の持ちようも、変わることもあると思う。もしかしたら、幸せも、見えるかもしれない……だから……晴子を大切に思ってるのが、嘘じゃないなら……俺の妹を、頼む……」

「アナタっていう人は……! 大切な兄を殺した僕が、彼女と一緒に居られるとでも!? アナタは、自分がグロリアにしたことを、僕にもやらせようっていうのか!?」

「……言わなけりゃ、バレはしないさ。俺は、元から死んでたんだからな……」

「そんな、できるわけがない……僕のような悪人が、誰かと一緒になって、幸せを見つけるなんて……」


 虎の言葉に対して、右京はあからさまに狼狽しているようだった。ここまで取り乱しているのは見たことが無いと言えるほど――少年としても、まさか自分が手をかけた相手に、こんなことを言われるとは思いもしなかったのだろう。


 自分の考えとしてはこうだった。少年の心を救えるのは、ただ孤独にならないというということ以外にあり得ないと――結局彼の自己肯定感の低さを癒すには、彼を肯定する誰かが必要なのだと。


 もちろん、この後の星右京の行動を鑑みれば、自分の提案は失敗だったと言える。右京は思い直すどころか晴子を巻き込んで旧世界を滅ぼし、あまつさえ女神レムを消し去ってしまったのだから。


 しかし、この時の自分には――正確には今でさえ――星右京という少年の心には常に迷いがあり、どうしようもない葛藤の中で苦しんでいるのだという考えがあった。


 その証拠として、恐らく右京は、この後にも何度も思い直そうとしたに違いない。たとえば、第九代勇者として世界を救おうとしたのは――それが彼のマッチポンプであっても――自身が勇者として務まるのか試したのではないかと思う。


 結果としては、それは失敗に終わった。結局右京はソフィアの期待に耐えられず、彼女の記憶を改竄する道に逃げたのだから。何より――右京が非情なコンプレックスを抱える原初の虎の出現が、自らが勇者にふさわしくなかったという事実を突きつけてしまったのかもしれない。


 他にも、晴子を迎えに行った時や、子を成したとき時など――コイツなりに世界に希望を見出そうと試行錯誤したことは何度かあったのだろう。それでも、たとえば――シンイチという器が他の七柱にバレなかったのは、晴子の事故後の身体では産めなかった、などの理由があったのかもしれない。


 希望を見出そうとする度に、右京はそれを上回る絶望に見舞われ続けたのではないか。それが彼の希望を何度も裏切り、同時に少年の言うところの「幸せなど刹那の幻」を何度も肯定し続けてきたのではないか。


 彼が犯した罪の重さを考えれば、救われるべきというラインはとうに超えてしまっているのも間違いない。そもそも、世界を巻き込んで自殺をしようだなんて考えるのは碌な奴じゃない、の一言で済む話だ。


 しかし、それでも――。


「……右京、お前は……本当に…………」

「馬鹿なやつだよ……」


 力尽きた過去の自分の代わりに、今の自分が言葉を続けた。消えゆく意識に合わせ、屋上の情景が徐々に消え去っていき――最後に聞こえたのは、うろたえる様に「先輩」と呼ぶ右京の声と、いつの間にか屋上へ到着したらしい、何かと喚くリーゼロッテの叫び声だった。

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