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11-79:ボヘミアン・ラプソディー 中

「以前言ったように、独学でハッキングを学んだ僕は、丁度アナタと同じように……自分が望まぬ方向性で意外な才能を発揮した。

 それで、DAPAのデータベースへのアクセスにチャレンジしてみたのさ。結果として、その時には痕跡を残すこともなかったし……モノリスの解析結果を見たのは偶然だった。

 だけど、そこで見た事実に、僕は衝撃を受けたんだ。高次元存在という人の尺度で表せない存在は確かに居て、世界に意味を見いだせだなんてふざけた命令の元、僕らの魂は永久の輪廻を繰り返し、何度も何度も肉の器に封ぜられる……つまり、死は一時に休息にしかならず、生の苦しみは無限に続くことを意味するんだ。

 そう言う意味では、古から続く伝承は、人の本質を的確に表現していたと言っても良いだろう。ある宗教によれば、その目的は輪廻から脱することだという……無限に繰り返す生という苦しみから脱するには、輪廻の輪から抜け出すしかないと。

 しかし実際には、悟りを開いたところで輪廻から逃れることはできない。そもそも、人が真の意味で悟りを開くのが不可能なのかもしれないけれど、そういう言葉遊びの範疇ではなく、実際問題として魂の管理者たる上位存在がいる限り、僕らは何度でも生まれ変わってしまうんだ」


 少年は言葉を切り、演説を続ける自らを呆然と見つめる虎を高い位置から見下ろした。


「つまり、この生の苦しみから脱するには、上位存在を滅ぼすしかないんだよ。上位存在は僕らの魂を管理するのと同時に、全ての魂が還る場所でもある……つまり、上位存在を消し去ることに成功すれば、僕らは永久の輪廻から……生の苦しみから解放されるんだ」

「ちょっと待て……高次元存在とやらを消し去ったら、お前どころか……」

「あぁ、全ての生きとし生ける者がその魂を消失させるはずさ。実際に見た訳じゃないから、絶対とは言えないけれどね。

 恐らく、高次元存在が消滅しても、この宇宙に生物は残り続けると思う。ただ、それは肉の器というシステムが、遺伝子に刻まれた機械的な情報のままに繁殖し続けるというだけで……知的生命体と呼ばれた生物たちは自我を崩壊させ、言葉は意味を消失し、本能のままに生きるようになる……そこに巡り続ける魂は介在しなくなる。

 人の苦しみの源泉は、結局のところ肉の器に魂が宿ることにある。ただ生きているだけなら、本能のままに肉を食らい、来るべき時に死ぬだけだ。仮に魂だけならば……彼我の差に苦しむことも、本能と理性との葛藤に悩むこともない。

 ただ、これら二つが融合することにより、魂は苦しみ、絶望するようになる。高次元存在は僕らを観察するため、人に永劫の苦しみという枷を授けている。僕は、その不毛なループを終わらせようと思ってるんだ」


 実際の所――自分も何度か考えたことがあるが――高次元存在も大概だとは思う。人の所業に換言するのならば、箱庭に動物を押し込め、それらを観察して何かを見出そうとしているのと同義だろう。


 そこに関する善悪や意義は置いておくとしても、お高くまとまっており、箱庭の中にいる者たちの気持なんか無視しているという点では、ひとまず良い趣味とは言い難いのは間違いない。


 とはいっても、右京のやり方は余りに過激だ。自分が世界から消えたいが余りに、全ての命を巻き込む様なやり方が許されるわけでもない。高次元存在など悪趣味な観測者であるだけであり、自分たちが生きている分には無害なのだから。


 そして、自分の知る星右京という存在は、デイビット・クラークほど超然とした人物ではない。冷静沈着で思慮深く、それはある意味では冷たい人柄ととらえられなくもないが――人としての善性が全くない訳でもないはずなのだ。その彼が全ての人の魂を巻き込むなどと過激なことを思いついたとして、実行できるものなのだろうか。


「……もちろん、何度か悩んだよ。ただ一人の我儘で、全人類の未来を決めてしまって良いのかと。それでも、やはり最後にはいつも同じ答えにたどり着くんだ。良き人も悪き人も、いつも何かと戦って疲弊している。

 それは目に見える暴力かもしれないし、餓えや寒さなどの物理的な苦しみかもしれない。もしくは、それは目に見えない何かかもしれない……承認欲求や彼我との差異からくる劣等感、他人からの不理解とか、そういった類のね。

 どうあっても、誰も彼もが自分の不幸を自覚しているのに、肉の器の持つ生存本能に惑わされて、何となく日々を過ごしているだけ。自分はもちろん、僕から見たら幸せな人なんて一人もいなかった。

 道行くときにすれ違う若者たちが笑っているのも、幼い子を連れて夫婦が幸せそうに歩いているのも、そんなものは一時の感情に過ぎない。人生の多くは苦しみとの戦いであり、刹那の慰めで気を紛らわしながらも老いていき、最後には消失への恐怖に怯えることになる……そんな人の生というものが、僕にはどうしても素晴らしい物には思えなかった」


 右京は虚ろな目で漆黒の海を眺めており――対する過去の自分は段々と薄れゆく意識の中で、今日はイヤに饒舌だななどと思っていたはずだ。普段は自分をなるべく出さないようにしている右京がここまでベラベラとしゃべるのは、ある種の自己弁護なのだろうと推察される。


 起爆スイッチを持つその手が震えていたのは寒さからではない。自分が初めてローレンスを暗殺した時と同じように、コイツは自分の勝手で誰かの人の命を奪うことに恐怖を覚えていたのだ。自分が右京が起爆スイッチを押すことを予測できなかったのは、その行動に最後まで迷いがあり、明確な殺意が読み取れなかったからに他ならない。


 ある人から見れば、それは浅はかと映るかもしれない。後悔するくらいならやらなければ良いだけ――だが、星右京はそんなことは分かっていて、今回の暴挙に出た。もっと言えば、他人から非難されることを恐れる少年が、それすらも呑み込んで虎を殺したのだ。


 ともかく、言い訳はここまでと決めたのか、少年の虚ろだった瞳に宿り――大きく息を吸い、臥す虎を見下ろした。


「だから、次元の超越者に教えてやるんだ。お前が見出そうとした意味なんてものは、結局は存在しなかったんだと……奴らに滅びという終末をもたらして、宇宙に永久の沈黙を下ろし、自身も永遠に消滅する……これが僕の目的だ」


 右京の目的は、確かに高次元存在に対する最大限の反抗と言えるかもしれない。それは、ある意味ではクラーク以上の暴挙とも取れる――老人が目指したのは進化の到達点であり、そこに彼自身は何か意味を見出していたに違いない。そういう意味ではクラークの行動は高次元存在の意図から大きく逸脱した存在では無いとも取れる。


 対して少年の目的は、宇宙に意味を見出そうとした高次元存在の思惑を根幹から否定してするものだ。老人の望む進化と少年の望む消滅――二人の運命の抵抗者が取った手段は、高次元存在を降ろすという点では共通しているものの、目指す点は全く異なる。世界に意味を見出そうとして人を成したのに、人に無意味を返されるというのは――人を創造した神に対する最大限の侮辱であり、最高の抵抗と言えるだろう。


 しかし、少年は本当に生の全てを無意味と思っているのか? 自分からはそうは見えなかったし、そうであって欲しくないことがこの時の自分には一点だけあった。それは――。

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