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11-75:始まりの記憶 下

「先ほど、クラークとの戦闘の時も同じようなことが起こっていたな。これは……そういうことか?」

「あぁ。冷静に考えれば、一つだけ確かなことがある……それは女神レムがアラン・スミスのクローンを作ったということだ」

「DAPAとしても第五世代型を看破し、JaUNTすら打ち破った虎の遺伝子情報をみすみすと見逃すわけがない。つまり、レムは最低限、何かしらオリジナルのDNAを自分の手元に保管しておいたのだろうな。

 晴子がDAPAに所属し、この星に来た時に女神レムと化して星右京の事実に関する情報を閲覧できるようになったとするのなら……」

「あぁ、恐らくレムはどこかのタイミングで、オリジナルのアラン・スミスを他の七柱から隠し、どこかに保存していたんだろう。そこは、星右京にすらバレない、彼女の領域。つまり……」


 ブラウン管の映像が切り替わると、そこには自分にも、そしてべスターにも記憶に無いはずの場所が映し出された。日の光も差さないそこは真っ暗でありながら、しかし付近に漂う淡い金色の光のおかげか、少し先なら見通すことが出来た。


 視点はゆっくりと、揺蕩うように進んでいき――真っ暗な中でもなお異彩を放つ漆黒の塔のようなモノの狭間を抜けて、とうとう終着点についたようだ。そこは海底深くのモノリス群の一角であり――ガラスシリンダーが一つ浮かんでいた。


 その中には、左腕の無い上半身と右足だけの、仮面の異形が保存されているようだった。つまり、レムは他の七柱に介入されない海底にオリジナルの遺体を運び出し、ここで保管していたのだ。そして高次元存在は、クローンとオリジナルを引き合わせるため、海流を使ってゆっくりとここに自分を運んできていたのだろう。


「成程、高次元存在はお前をここに誘っていたんだな……それで、これから何が起こるんだ?」

「そんなもん、ここに呼んだ奴に聞いてくれ……と言いたいところだが、何となく察しはついてる。恐らく……アラン・スミスの最初の記憶を呼び覚まそうとしているんだ」


 ブラウン管の映像が再びオリジナルの記憶に戻り――二年の訓練よりも前、つまりアラン・スミスが実験室のベッドの上で目覚めた時の様子が映し出された。


「これが始まりの記憶か?」

「いいや、違う。始まりの瞬間は、改造手術を受けた時じゃなかったんだ。アラン・スミスの……俺の始まりは……」


 そう言った瞬間、真っ暗だった周囲の様子が変わり始めた。自分の左足の下から徐々に、世界は色彩を帯び始め――これは過去の記憶のはずだが、音も、感覚すらも鮮烈に感じられるようになっている。


 うだるような夏の暑い日、馬鹿みたいにうるさい蝉時雨の中、陽炎の立ち上がるアスファルトの上に自分たちは現れ――そして、向こう側に一人の少女の姿が見える。あの長い髪に幼いころの晴子の面影を思い出して、自分は目を奪われていたのだ。


「セブンスに瓜二つ……まさか、お前が救ったのは……」

「あぁ、あの子が……ナナコが俺と会ったことがあるんじゃないかって言ってたのは事実だったんだ」


 夢野七瀬がこちらの顔を見たのは一瞬だったはずだし、ナナコはクローンであるはずなので、この記憶もないはずなのだが――恐らくは自分やべスター、グロリアと同じだ。脳に無くても、魂にも記憶が刻まれているということなのだろう。


 ふと、自分たちの身体を一台の暴走トラックがすり抜けていった。そして、一人の青年が歩道から跳び出し――何かが衝突するような鈍い音が響き渡った。暴走したまま過ぎ去っていったトラックの後に、尻もちをついて子猫を抱えている少女と、一つの肉塊とが見え――今度は青年の横たわる場所から徐々に辺りの風景が変わり始めた。


「俺の始まりは、レムに目覚めさせられた時でも、お前に改造された時でもなかったんだ。始まりは……ここだ」


 明るかった夏の路上から一転し、青年と少女の姿も消え去り、今度は夜の海辺へと自分とべスターは移動していた。ここは、べスターが自分に二課に所属する理由を話してくれた場所にそっくりだった。


「……ここが、この海岸が始まりの場所?」

「そうとも言えるし、そうでないとも言える……言ってみれば、ここは魂の還る場所みたいなもんだ。人の感覚で捉えやすいように、擬似的に形を取っているに過ぎないんだよ」


 自分がそう言うのに合わせて、クローンが失っていたはずの右足と左腕が再生しはじめる。とはいえ、そこにあるのは人の肌ではなく、人工の皮膚と筋肉を持つ浅黒い義肢――エディ・べスターが作り上げた人工の手足だ。本当に再生した訳ではないのだろうが、ともかく二本の足で立ち上がると、ここがどんな形でも取りうることを証明するため、少し辺りを歩いて見せる。


 すると今度は景色が三〇五号の病室に変わった。ここは自分も足しげく通った場所であり、細かい間取りや病室の匂いまで覚えている。


「晴子がこの病室で意識を取り戻した時、俺はすぐに再生手術を勧めた。男なら義肢の方がパワーが出て良いくらいに思うかもしれないが、晴子は女の子だからな。

 しかし、晴子自身も生死をさまようような怪我を負っていたんだ。そのため、まずは怪我の経過が安定してからじゃないと再生手術も受けられないってことで……俺は段々と後悔し始めていた。病院の入院費だって馬鹿にならないし、再生手術は一昔前と比べて安価になったと言えども、家を売り払った金額と保険金を足したらほとんどお釣りは残らないし、義肢と比べて高価なのは間違いない……大学受験を諦めたってのに、日に日に減っていく貯金を眺めて胃を痛めていたんだ。

 最低なことだって考えた。晴子がもし事故で死んでいれば、俺は今頃親父の保険金で大学に行けていたかも知れない……そうでなくとも、退院後の金の問題だってある。再生手術をしたら学のない二人が生きていくのにまったく貯蓄が無いんじゃ厳しいからな」


 一度立ち止まり、自分は空っぽになっているベッドの方を見た。ここはそういう場所だからもぬけの殻になっているだけと言えばそれまでなのだが――妹が幸せそうな顔をしながら少年に手を引かれてここから発った光景が幻視され、また何とも言えない心地がしてくる。


「……それでも、晴子は俺の大切な妹だった。残っている全てだった……だから、病室の扉を開く時にはいつも気持ちを切り替えて、辛気臭い顔は見せないようにと決めていたんだ。

 何より、再生手術を最初に勧めたのは他でもない俺だからな。自分の言ったことには責任を持たないとと思って……少しでも給料を上げるために現場のきつい仕事に切り替えたりしてな。

 そういう意味では、実は暗殺者家業は渡りに船だったんだ。税金で働く暗殺者なんてとんでもないとも思っていたが、減った保険金を補填して余りある手当が出たし、自分の夢から逃げる言い訳もできる。過激なことをやらされる点を除けば、当時の俺にとっては好都合だったんだよ。

 それに……仲間もできたからな。二課での生活は、俺にとっても充実したものだった」


 再び歩き始めると、べスターの研究室へと景色が変わり――そして第五世代を見極められるようになるまで籠った訓練室へ、そして仲間と談笑したコンテナハウスのリビングへと辺りが変わり、そして最終的には夜の海岸へと戻ってきた。

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