11-73:四神結集 下
「なぁ、三〇五号室の患者のことなんだが……」
「はい、三〇五号室……データ照合、伊藤晴子さんですね。晴子さんでしたら、当院からは退院されました」
「なんだと、昨日確認した時にはそんな話は無かったぞ? 一体どこの病院だ?」
「申し訳ございません。これ以上は患者のプライバシーに関わりますので、私からはお答えすることができません」
アンドロイドはそれだけ答えて巡回へと戻ってしまう。人と違ってマニュアル通りの完璧な回答だ――それなら、うっかりしうる人に質問するしかない、そう判断したのだろう。男は駆け足で階段を下り、受付にいる中高年の女性を見つけて先ほどと同じ質問をした。
「あぁ、最近よくお見舞いに来てくれていた方たちですね」
「昨日の時点で確認を取った時には、伊藤晴子さんまだここに入院していると聞いていたんだ……どうなったか知っているか?」
「どうもこうも、アナタ達とよく一緒に来ていた青年が、さっき晴子さんを連れて行ったんですよ。晴子さん、なかなか彼が来てくれなくてやきもきしてたんですが、迎えに来てくれて幸せそうでした。
なんでも、リハビリ施設の充実した病院に移るとか……アレ、ご存じないんですか?」
きょとんとする受付をよそに、べスターは病院のガラス戸を超えて駐車場の方へと走った。さっき連れていったという言葉から、まだ付近に居ないか探してくれているのだろう、息を切らしながら辺りを探し回り――しかし広い駐車場はガラガラであり、確認などすぐに終わってしまった。
「右京! お前は、お前という奴は!!」
男は手に持っていた花束を地面へと叩きつけ、天を仰ぎながら叫んだ。勿論、誰かが返事をする訳でもなく――ただそこには、人をあざけているのかと思うほど澄んだ青空が広がっているだけだった。
「……まったく、オレは馬鹿だな。晴子にどう顔向けしていいか分からなくて、来るのが遅れて……挙句、右京に連れてかれちまうとは」
感情を落ち着かせるためだろう、男は胸ポケットから煙草を一本取り出して咥える。しかし、ライターを忘れてしまったのか、他のポケットをまさぐっているようだが――ふと男の目の前に木の葉が舞った瞬間にそれが小さく燃え上がり、男はそこに煙草の先端を入れた。
煙を吐き出しながら辺りを見ると、いつの間にか隣にグロリアが並んでいた。彼女の怒りに呼応するように発火現象が起きているようだった。
「べスター。私もDAPAと……右京と戦う。ママも……ファラ・アシモフも同罪よ。先に言っておくけど、もう認められないとかいうのも聞かないわよ。アナタが感じているのと同等の怒りと痛みを、私は覚えているんだから」
少女の足元で燃える花束は、あどけない日々との決別を示しているようであり――グロリア・アシモフは目尻を釣り上げたまま男の方へと向き直った。
「それにどの道、アナタが作っている精神感応デバイス。アレを起動するには四人の力が必要なんでしょう? アナタと新入り二人と、私の四人でピッタリじゃない」
「しかし……」
「まぁまぁ、良いじゃないですか」
二人のやり取りの間に入ったその声の主は、喋り方で誰かとすぐに分かる――恐らく、見舞の後にここで合流する予定になっていたのだろう、べスターが声に反応すると、二人の長身の男がこちらへと近づいてくるのが見えた。
「ゲンブ……」
「飛翔と発火が使えるのですから、並の者とは地力が違います。キチンと訓練をすれば、かなりの戦力になると思いますよ。それに、奇しくもその子は最後の四神に相応しいですから」
チェンは胸元から扇子を取り出し、口元を隠しながらグロリアの方を見つめている。確かに、堅牢な亀に疾風の如き竜、地を掛ける虎に炎をまとった鳥が揃ったとなれば、偶然にもチェンの故郷で語られる四神がここに集ったとも言えるだろう。
「賛成してもらえるのはありがたいけれど……私はT1を見捨てたアナタのこと、許してないんだから」
「えぇ、ご勝手に。貴女が私のことをどう思おうと、起こった事実は変わらない……しかし、敵は同じなのです。それならばどうでしょう、ひとまず手を組むのも良いと思いますが?」
「えぇ、異論はないわ」
「それでは友好の証に自己紹介といこうではありませんか。私はチェン・ジュンダー……ACO内ではゲンブで通っていますがね。それで、こちらが……」
「ウィリアム・J・ウェルズ……コードネームはホークウィンドだ。チェンは勝手にセイリュウと呼んでいるが、好きな様に読んでくれて構わない。お主のような幼子を戦場に立たせることに賛成したくはないのだが……そなたが揺るがぬ決意を持っているというのなら戦士として認め、その背中を護ると誓おう。よろしくな」
ウェルズと名乗った男は少女の前に行儀よく立ち、深々と頭を下げた。巨体に似つかわしくないほど礼儀正しいその様相にどう反応して良いのか分からなかったのだろう、グロリアは少々蹴落とされたように一歩身を引き、「よ、よろしく……」と小声で返事を返していた。
そんな二人の様子を見守ってから、画面内のべスターは視線を下げ、小さな声で呟きだす。
「……オレがもっと早く、右京の正体に気づいていれば良かったんだ」
「それは難しかったでしょうね。貴方が私に、彼のことを何と言ったか覚えていますか?」
「あぁ、信頼できると言った……確かに、オレの節穴の眼では気付けなかっただろうな」
「えぇ、厳しいようですが……貴方は少々人が良すぎるきらいがある。とはいえ、狡猾な悪逆さを見抜くには、同じ穴の狢でないと難しいのも確かです。
ですから、貴方は別にそのままでも良いのですよ。化かし合いは、得意な者に任せれば良いのです……しかし、きっと長い戦いになるでしょうね」
そう言って、チェン・ジュンダーは紫煙の舞う遠い空を眺めた。そして、その映像を最後に、ブラウン管には辺りの暗さを表す黒が現れたのだった。




