11-71:黄金期の終わり 下
「……アイツの協力も得られれば良いんだが」
アイツと言うのが誰を指すのか、車内の二人はすぐに分かったに違いない。グロリアと眼を見合し、今のタイミングで切り出すべきと判断したのだろう、男は再びマイクを取った。
「アラン、残念だが、アイツは……右京は……」
「……先輩はもう頑張らなくていいんだよ」
どうしてアイツの接近に気付けなかったのか。理由は色々とあった。雨と風で感覚が鈍っていたこと、極限の状態から解放されて気が緩んでいたこと――しかし一番の要因は、声の主に殺気がなかったからに他ならない。
背後、つまりモノリス直行のエレベーターの方から声が聞こえた直後、車内のモニターは閃光と爆発にまみれ、スピーカーからは爆発音が響いた。爆風が消え去ると、モニターには黒く焦げたコンクリートの床が映っており――まだオリジナルにも息があるらしい、残っている右腕を支えに視線があがると、雨に濡れて近づいてくる少年の姿があった。
「アラン!? アラン! 何が起こったの!?」
「アレは……まさか!?」
べスターの視線は、恐らく少年の握っている細長いスイッチのようなものに注がれている。アレは、オリジナルがべスターの実験室で目覚めた時に脅しに使われた爆弾のスイッチだ。要するに、星右京はオリジナルの体内に埋め込まれている爆弾を起爆させたのだ。
べスターはモニターを見ながらもキーボードを叩き、サイボーグであるアラン・スミスの身体の状況をチェックしているようだ。どうやら胴体に組み込まれていた爆弾が起爆し、上半身と下半身とが真っ二つに吹き飛んだようだ。まだ首が上半身に繋がっているから息があるものの、肺や心臓へのダメージもある――長くは持たないだろう。
「この時をずっと待っていたんだ。デイビット・クラークを倒せるだけの力が現れるこの時を。
より盤石を期すため、クラークの防衛プログラムに干渉しようと思ってたんだけど、モノリスを活用していてなかなか難しくてね。ただ、僕の助力なんかなしに倒せてしまったんだから……流石は先輩だ」
オリジナルは何とか少年の本心を捉えようとしているらしい、上を向いて濡れた前髪の奥にある右京の瞳を覗き込もうとしているようだ。口元にはいつものようなシニカルな笑みが浮かんでおり――しかし寒空の下で身体を震わせ、頬から流れる雫が涙に見えるせいか、アレはお得意の作り笑いであり、心の奥底には確かな恐怖と悔恨がある――そんな風に見える。
「右京、お前、どうして……」
「許してくれとは言わないよ。僕はアナタを利用していたんだから……信じてくれるかは分からないけれど、アナタ達と過ごした時間は充実していたし、僕なりに本気で取り組んできたのも間違いない……仕事も、人間関係も。
でも、本気だったからこそ、改めてたくさんのことに気づかされた。その気づきは、どちらかと言えばネガティブなものだったけれどね。何とか変わろうといろいろチャレンジしたつもりだけど、結局思考は一回転して、元の場所へと戻ってきてしまうんだ……だから、僕は当初の予定通りにことを運んだのさ」
少年の独白は淡々としたものだったが、同時にどこか悲し気な色を帯びていた。何となく、自分には右京の真意が理解できてきてはいるのだが、他の者たちにとっては彼の独白など意味不明な物だったに違いない。
「おい右京、聞こえているんだろう? 頼む……お前の腹積もりはどうでもいい。アランを返してくれ……!」
べスターは嘆願するように声を絞り出すが、対する右京はゆっくりと、静かに首を横に振るだけだ。
「それはできない。クラークを倒せる力というのは、それだけに危険だ……ついでに、DAPA要人を暗殺をして周っていた虎の首を手土産に出来れば、色々と話も早いからね」
「待って右京、待って! アランを返して!」
「先輩が二人にとって大切な人だということは重々承知だ。この先を見せるには忍びない……謝って済むとも思っていないけれど、アナタ達との生活は、僕にとっても充実したものだった。どうか、終末の時まで健やかにいてくれ」
右京がMFウォッチを操作すると、モニターには何も映らなくなってしまった。しかし、虎のバイタルだけは依然確認できる――徐々に弱くなっていくその鼓動を見ながら、どうやらべスターはチェンと連絡の取れる通信機を手に取ったようだ。
「ゲンブ、頼む、戻ってタイガーマスクを助けてくれ!」
「何やら急展開があったようですが……今どんな状態なのですか?」
「クラークは倒したが……裏切り者に体内の爆弾が起爆させられ、下半身を吹き飛ばされた」
「成程……残念ですが、諦めてください」
「そこをなんとか頼む! 頼めるのはお前しかいないんだ!」
「もちろん、アナタの気持ちは組んであげたいところですが……実際問題、私とセイリュウはあそこから逃げ出すことで手一杯でした。仮に戻って虎を回収できたとしても、自走できないものを救えるほどの余力はありませんし……何より、今から戻っても間に合わないでしょう。
厳しいようですが、私もセイリュウも無駄死にをするつもりはありませんからね」
「くっ、しかし……!」
「貴方と私にできることは、次の戦いに備えることです。虎の犠牲は手痛いですが、クラークと刺し違えたのならお釣りがくる戦果と言えるでしょう。私たちは、彼が戦い抜いたその先を見据えなければならない……それが残った者にできる、ただ唯一のことです」
チェンの声色は淡々としたものだった。しかし、自分からしてみれば、この時のチェンの判断は正しかったと思うし、またこの男が決して薄情からオリジナルを見限った訳でないことは分かる。
もしもこの時、べスターやグロリアに同情し、チェンとホークウィンドが金字塔に戻っていたのなら、母なる大地のモノリスの奪取は成功しなかったに違いない。仮に三つのモノリスが揃っていてもDAPAの計画は失敗していたというのがファラ・アシモフの試算ではあったが――それでもチェン・ジュンダーが惑星レムに降りることができたのは、この後にモノリスを一つ手中に収めていたからだろう。
そしてチェンが一万年の執念を見せてDAPA残党を追ってこなければ、自分が復活することもなかったし、惑星レムにおいて右京達の目論みは達成されていたはずなのだ。
それに、淡々とした声の中にも、確かに熱い物が混じっていた――残った者にできること、それを冷静に考え、目標を達するために激情を抑え込んでいる。チェン・ジュンダーはそういう男だ。
だが、これも結果論にしかならない。この時のべスターとグロリアの感情は別だっただろう。最後の望みを託した通信を切られ、二人は徐々に弱っていくオリジナルのバイタルを見つめ――心臓の鼓動が完全に停止したのを見届けても、しばらくは二人とも黙ったまま呆然とモニターを見続けていた。
「……嘘よね、アランが死んだなんて」
少女がぼぅっと呟いたのを聞いて、男もやっと我に返ったのだろう。同様に、グロリアも口にしたことで何かを思ったのか、車の扉に手を掛けた。べスターの反応も早く、グロリアの腕を掴んでくれたおかげで、鳥が雨中に飛び立っていくのを止めることが出来たようだ。
「離して! 私がアランを迎えに行くの!」
「ダメだ。お前ひとりで行ったところで無駄死にをするだけだ。それに……アラン・スミスは死んだんだ」
「嘘よ! 機械の故障かもしれないじゃない! 自分の目で確かめるまでは、私は絶対に認めないんだから!」
「その結果が、アイツのを死を確定させるだけだとしてもか?」
「そしたら私も死んでやるわ!」
「いい加減なことを言うな!!」
今まで抑えられていた男の声が一気に大きくなったせいか、少女は驚きに肩を揺らして押し黙った。
「お前を失ったら、それこそオレはアイツに顔向けできん……」
「べスター……うぅ……うぁぁ……!」
様々な感情を表に出していた少女が最後に辿り着いたのは――正確には、最も強く出た感情は悲しみだったのだろう、グロリアは声を押し殺しながらも大粒の涙を流し続けたのだった。
【謝罪と連絡】
また話数表記のミスがあり、11-66が重複しておりました。現在は修正しております。
混乱させる事態を招き、誠に申し訳ございませんでした。
また、予告通りに本日はもう1話投稿をします。
引き続きよろしくお願いします!




