11-68:The Old Man and the Tiger 下
「……おぉおおおおおお!」
ADAMsによる再加速は間に合わなかったが、身体が両断される軌道だけは何とか避けることに成功する。しかし、左腕の回避は間に合わず、肩からバッサリと持っていかれてしまった。
しかし、口でこちらの攻撃を止めたのは老人としても諸刃の刃であっただろう。こちらもブレードを手放さなかったのは僥倖だった――JaUNTは接触している物も合わせて移動してしまうので、ブレードを咥えたままでは瞬間移動による離脱は出来なかったのだ。
左腕の痛みを堪えながら、奥歯を噛み、力一杯に右腕を動かし――相手の顎も限界だったのだろう、やっと右腕を振り抜くことに成功する。とはいえ、クラークもギリギリで反応したのか、相手の頭部を破壊するまでには至らず、ブレードの刃は相手の頬を引き裂くに留まった。
ブレードが離れたのを見るや否や、クラークはすぐに再び瞬間移動で距離を取ってきた。しかし、もう一度ADAMsの切れ間を狙われれば危険だ――この加速でケリをつけなければならない。
必要なのはただ一つ、相手に接近すること。JaUNTで逃げ回られれば厳しいが、逆に相手はその回避能力に自信を持っており、そこにつけ入る隙があるはずだ。高速戦闘では、細かく思考している暇などない――クラークもこちらの動きを事細かに見て移動先を決めているというよりは、こちらが駆けだした方向から次のポイントに移動を決めているはずなのだ。
それならばと――相手にこちらが走る姿を一瞬だけ見せて、すぐに踵を返して別方向に向けて走り始める。恐らく背後ではクラークがJaUNTを起動しているはずだ。次にどこに出てくるかなどまったく予想も付かないし、この百メートル四方の広さにおいて、ピンポイントで出現ポイントを抑えるなど厳しいものがあるだろう。
しかし、ある種の直感はあった。この戦いの中で、何度も見せられたJaUNT――いや、デイビット・クラークという男のやり方はイヤと言うほど見てきた。それは事細かに言語化できるものでないが――。
(そこだ!)
ただ直感のまま、相手の出現ポイントを予測し、虚空に向けてブレードを突き出した。その瞬間、ちょうどクラークの身体が出現し――右手に重い衝撃が圧し掛かった。その重さの正体は、サイボーグの身体の重みだ。突き出したブレードの座標にクラークが出現したことにより、切っ先と男の喉元とが融合してしまったのだ。
同時にこの先に起こる事態に対する直感だけが働き、ブレードの柄を手放して相手から距離を取る。一瞬だけ、驚愕に目を見開いた男の顔が見え、そしてすぐにその身体は消失し――世界に音が返ってくるのと同時に、背後で重い物がコンクリートに衝突する音が響き渡った。
「はぁ……はぁ……マチルダ、カメラを見るんじゃないぞ」
長時間にわたる緊張と激しい戦闘により、すり減った神経と荒くなった呼吸を整えながら振り返ると、デイビット・クラークの身体が――切断面からはやはり機械が覗いている――バラバラに崩れ去っているのが視界に入ってきた。
「な、何が起こったんだ?」
映像を見て驚いたのだろう、べスターからの驚愕の声があがった。
「原理的な部分は俺にも分からんが……恐らく、テレポートに失敗したんだ」
JaUNTは移動先を思い浮かべる集中力が必要となるらしい。本来なら戦闘中に瞬間移動のための意識を向けることは難しいはずだが、ひとまずクラークはそれを強靭な精神力で実行して見せていたのは確かだ。
しかし、移動先の座標に異物が混入して融合してしまい、クラークは一旦体制を立て直すためにJaUNTを再起動した――精神的な動揺がある状態でだ。それがテレポートの失敗を引き起こしたに違いない。
JaUNTとは恐らく、移動先へ分子を再構築するような手段というより、空間の捻じれに既存の物体をそのまま移し替えるような瞬間移動方法なのだろう。その捻じれを正常に通過するためには精神の集中が必要であり――それを欠いた移動をした結果が、目の前の状態だ。
無残に落ちている四肢や胴体を超え、転がっている頭の横まで移動すると、クラークは瞬間移動の直前に見せた驚愕の表情のまま、天を仰いで絶命しているようだった。
「……脳が生である以上、血液と酸素が送られなければ生体維持が出来ない。巨大コングロマリットの親玉の最後としては呆気ない幕引きのように見えるが……」
「そう言うな……見ろ、デイビット・クラークは、最後まで天を睨みつけてやがる」
もしかすると、老人は敗北を直感していたのかもしれない。雨で気配を隠すだけでなく、最後まで運命に抗って見せるという彼の本能が、死に場所として空の見える場所へと誘った――そんな風に思った。




