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11-67:The Old Man and the Tiger 中

「そんなこと言い始めたら、なんだってそうだぜデイビット・クラーク。お前の行き過ぎた進化論だって、何者かに歪められたのかもしれないぞ?」

「そうだな……その通りだ。私が自分でこの道を選んだと信じているのと同様に、君もきっと己の行動は自身の選択だと信じているのだろう……なればこそ」

「二つの線は絶対に交わらない。俺とお前は、どちらかが死ぬことでしか完成されない」


 身体を機械化した者同士、雨の中で武器を構えて対峙する。緊張感が高まる中、まだ確認したいことがあったのだろう、クラークは構えたままで口を開く。


「最後に一つ聞きたい……君はどうして弱者を守ろうとするのだ?」

「そもそも、俺は弱者を護っているつもりなんかないんだが……そうだな、俺はアンタが言うほど、人間ってのは馬鹿じゃないと思ってるんだ。いや、確かにアンタが言うように馬鹿で弱いのかもしれないが……それは真剣に世界に向き合って、苦しみ足掻いているからこそ、人間って奴は悩みながら生きてるんだと思うんだよ。

 そう言う意味じゃ、誰だって弱者たりえるし、言うほど誰かが偉い訳じゃないんだ。誰だって一生懸命に生きて、この世界で何かを成そうと足掻いているはずで……ただ、皆が皆、何かを掴めるわけじゃないってだけなんだ。

 まぁ、アンタはきっと、そんなのは生産的でないと言うだろうがな」


 虎の言葉に対し、老人は人造筋肉の上に作られた顔で自然な笑みを浮かべたように思えた。自分と同様、クラークも虎の存在に対する理解を覚えたのかもしれない。


「その通りだ。何かを掴みたいのなら努力が必要だし、時には弁証的に思考を練り上げ、視点を変える必要もあるだろう。日々の中で態度を改めず、日常に夢を埋没させていく者たちの在り方は、私から言わせればただの怠慢に過ぎない。

 だが、君の意見は分かった……君はどんな者の中にも潜む、僅かな可能性をも見捨ててはいないのだな」

「そんな大層なもんじゃないさ。アンタが偉そうでムカつく、それくらいのもんだ」


 クラークは無言のまま不敵に笑い、すぐに口元を引き締め、握る拳に力を込めた。


「さぁ、お喋りは終わりだ。君をこの祭壇にて屠り、天すらも私を止められないということを証明して見せよう……来るがいい、タイガーマスク!」

「それはこっちのセリフだぜ! 覚悟しろ、デイビット・クラーク!」


 奥歯を噛み、音速の壁を超え――雨粒がゆっくりと落ちてくる中、一気に敵の距離を詰めるために前へと走り出す。クラークの側としても無策で待ち構えていた訳でもあるまいが、防衛プログラムとJaUNTがある以上は遠距離からの攻撃は完全に無効化されてしまう。そうなれば、自分としては速度で優位に立てる接近戦に持ち込む以外に方法はない。


 間合いに踏み込み、相手の首を飛ばすためにブレードを振り抜くが、幾度目か分からない瞬間移動によって切っ先は宙を切り――しかしこれまで違うのは、クラークは背後へ出るわけでなく、屋上の端から端へと飛び回って接近戦を避けている点だ。恐らく、こちらが限界に到達し、ADAMsを切るのを待っているのだろう。


 その上、クラークがこの土壇場で外を選んだのは雨と風に要因があるのだろう。屋上に吹く強烈な風と雨とが、機敏な虎の神経にはノイズとなり、男の気配が感じにくくなっている――とはいえ、老人の強烈な殺気は雨風で誤魔化せるようなものではない。


(いいぜ、そっちがその気なら……!)


 相手の予測を上回る動きで仕留めるだけだ。重要なのは、そのタイミングでどちらに来るかだ――デイビット・クラークの性格を想定すれば、その答えは自ずと見えてくる。こちらも覚悟を決め、相手の出現点に向かって移動を繰り返してその時を待った。


 クラークが屋上において四度のJaUNTを繰り返した後で――いつもならこのタイミングで一度ADAMsを切っている――相手方の動きに変化があった。予想通りに正面に現れたクラークは、こちらの速度が落ちているタイミングを狙って真正面からこちらを粉砕しに現れたのだ。


 まだだ、まだ引き付けろ――相手の腕が《《ゆっくり》》と動き――こちらも敢えて《《ゆっくり》》と動くことで、相手が勝ちを確信するのを待つのだ。


 そしてクラークが腕を降り出したタイミングで、こちらも最後の力をふり絞って一歩前へ出て、ブレードを相手の首元に向けて振り出した。要するに、ADAMsが切れているように見せかけて、相手の攻撃を誘ったのだ。


 これまでは相手が近距離戦においては防衛に徹しているからこそ防がれたのであり、今のような密着の間合いでは、相手も腕の取り回しが効かなくなる。そうなれば、防ぐ手立てはない――はずだった。しかし、こちらの腕は振り抜くことが出来ず、強力な力によって微動だに動かせなくなっていた。


 その力の正体は、相手の顎の力だ。クラークはこちらの更に先の先を読んで、サイボーグの強靭な歯でブレードを受け止めたのだ。視神経の限界でADAMsが切れるのと同時に、老人の顔に勝ちを確信した笑みが浮かび――。

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