11-65:決戦前の一幕 下
「ハインラインとゴードンはどうしましたか?」
「投擲による攻撃は試みたが、ハインラインは謎の力場に、ゴードンはレーザーに落とされてしまったようだ」
「成程、しかし脱出が優先ですね……やはり、囲まれていますか?」
「あぁ、タイガーマスクほど正確には分からんが、おおよその位地は分かる……ゲンブ、お前は走ることに専念しろ。露払いは私が行う」
「えぇ、任せましたよ」
どこに仕込んでいたのやら、ホークウィンドはスーツのあらゆるところから苦無や手裏剣、爆弾といった武器を取り出して、それを通路の至る所に向かって投げつけ始めた。そのまま二人は通路を抜けてピラミッドの一番外側に近い部分に張られているガラス部分まで駆け抜けていったようだ。
あそこから脱出するとしても、DAPAが機密を守るために作られた施設の外壁なのだ、強化ガラスであることは当然だと思うのだが――ふとホークウィンドが苦無を窓ガラスへと投げつけるが、それは先端のみが突き刺さるだけでガラスを割るほどの威力にはならなかったようだ。
しかし、二人は全く躊躇なく走り続け、チェンが大きく呼吸をし――。
「破っ!」
チェンが掌で突き刺さった苦無を押し込むと、一面の強化ガラスが一斉に砕け散った。荒事は苦手とか言っていたくせに、実はこんな技も隠していたのか。もちろん人形の姿ではできなかったのだろうが、どうやらチェン・ジュンダーは功夫か何かの達人であり、生身であれば強力な接近戦もできたということなのだろう。
そして二人は割れた窓から、いつの間にか振り始めていた雨の中に躊躇なく飛びだして、斜面になっている構造物を凄まじい体感で走って下り始めた。
「いやぁ、我ながらスマートな脱出方法ではありませんねぇ」
「ぼやくな、追手が来ているぞ!」
「うひぃ、一息つく間もありませんね!」
一息つく間どころか、男は全く息切れもしていないのだが。ともかくホークウィンドは適宜後ろを向きながら追いかけてきている第五世代型の迎撃を行っているようであり、チェンも飛来してくる飛び道具をサイコキネシスで止めて自身と相棒の安全を確保しているようだった。
どうやら、ピークォド号に収められていた母なる大地のモノリスは、この時に回収されたものではなかったようだ。二人は既に高層から下へと降り切っており、ここから引き返して回収というのもあり得ない話だろう。考えてみれば納得の話であり、旧世界において右京達は三つのモノリスを使って高次元存在を降ろそうとしていたのだから、この場では奪取できなかったからこそ、DAPAは計画通りに事を進めていたとも取れる。
ある程度の距離を移動すると、敵からの追跡の手が止まったのか、チェンとホークウィンドは攻撃や防御の手を緩め、敷地内から離れるために走り続けた。恐らく、内部で虎がまだ暴れている影響で、金字塔内で指令系統が混乱していること、また雨のおかげで完全迷彩が機能しきらないことから追跡を諦めたのかもしれない。
そして落ち着いたタイミングで、チェンは通信機を取り出してヴィクターと名を呼んだ。
「やはりアンノウンXの奪取は不可能でした……そちらは?」
「タイガーマスクがデイビット・クラークを追い詰めている。出来れば退かせたいんだが……」
「いえ、クラークを倒せれば、DAPAは自然と瓦解するでしょう。本来なら本国に居ると思われていた彼がこちらにいることが予想外でしたが、彼を倒せるとなればアンノウンXを奪えなかった分の帳尻合わせとしてもお釣りがくる。
そもそも、おかしいと思っていたのです。確かに虎の暗殺のターゲットになっていたのはDAPAの要人ではありますが、この戦いに終止符を打つのであれば、最初からクラークを狙うべきだった……」
チェンはそこで一度言葉を切った。おかしいと思っていた、と言語化したことから、何か思いついたのかもしれない――顔を雨に濡らして少しして、視線を戻して通信機を握った。
「もしかすると、クラークを倒しても、この戦いは終わらないかもしれませんね」
「……どういうことだ? さっきは、自ずと瓦解すると言ったじゃないか」
「恐らく、クラークと同じくらいか、下手すればそれ以上に厄介な者が存在するってことですよ。そうなれば、やはりアンノウンXは回収しなければなりません」
ともかく詳細はまた後で、チェンはそう結んで通信を切った。
「次は必ず回収しますよ……必ずね」
チェンが独り言のようにごちたのに合わせてブラウン管にノイズが走り――階段をゆっくりと昇るオリジナルの視点に切り替わったのだった。




