11-64:決戦前の一幕 上
アラン・スミスがデイビット・クラークと決着をつける前の一幕として、もう一度べスターの視点がブラウン管に映し出された。タイミングとしては自分が屋上を目指している間、べスターも後々から映像を共有されたという形らしいが――ともかく、モノリスを目指していたチェンたちの顛末に関する記録があるようだ。
モノリスへと至る扉は、複数の厳重なセキュリティによって強固に守られているのはもちろんのことであった。普段は外から解析を続けているのであり、職員すらモノリスが鎮座されている部屋に入ることはないし、またそのロックを一般職員レベルが開けることは不可能だったようだ。
そうなれば、デイビット・クラークやファラ・アシモフ、そうでなくてもDAPAを構成する企業の社長や副社長、または解析班のトップクラスの権限がなければ扉が開けないのであり、潜入工作員であるチェンの偽装IDレベルでは扉を開くことはままならない。
そこで本来ならば、扉を開けるには星右京のハッキングは必須として作戦に組み込まれていた。しかし、彼の協力を仰ぐことができないのであれば力技で開けていくしかない。一応、智謀チェン・ジュンダーは様々なケースを想定しており、右京無しでも開けられるように準備は進めていたようだ。
ホークウィンドが周囲を警戒し、チェンが扉を開ける作業を続け、何とか一つのロックを解除することには成功した。とはいえ、シャッターの一つを開けるだけでも大分時間が掛ったのは言うまでもなく――開かれたその先には、先ほどアラン・スミスが潜り抜けたのと同じようなレーザー網が貼られており、さらに奥のシャッターの手前に一人の男が立っているのが見えた。
「やっと開けてくれましたか。私の出番が無いかと思って少々ひやひやしていましたよ」
丁寧な口調で話しかける男は、どこか理知的な白衣姿であるのと同時に、スキンヘッドに縫合の後を残すというどこか堅気の者でない雰囲気を感じさせる。全く見たこともない相手なのだが、自分はあの男を知っている気がする。恐らくは――。
「これはこれは、ダニエル・ゴードン研究室長……本国からこちらへいらしていたとは、聞いておりませんでしたよ」
チェンが名前を読み上げたことで相手の身元が判明した。自分の勘も間違えてはいなかった――アレが魔術神アルジャーノンの在りし日の姿なのだ。惑星レムで見た彼は、もっと胡散臭い喋り方をしていたが、万年の時の果てに人格に変化があったのか、今のあの理知的な雰囲気が虚構なのか、恐らくは後者な気がする。
その証拠に、ゴードンが両手を広げている様子はどこか芝居じみており、どこか尊大さや知的さを無理して醸し出そうとしているように見える。
「えぇ、スパイを相手に無駄に情報を与えることもありませんからね……魔術の実戦練習には丁度いい相手なので、クラークに招集されていたのですよ」
「実戦では、なかなかそんな風に強固に守られながら戦えるのは稀ですよ? 練習するのならば、このレーザー網を解いたらいかがでしょうか?」
「それは遠慮しておきます……私は君の後ろに構えている男ほどマッチョではないし、本当は戦いなんてしたくもないんです。ただ、魔術の優位性を証明できれば、他の研究に先行してモノリスを利用できるので、嫌々ながらにアナタ達の前に立っているだけですから」
「……嫌々ながらって点は同感ね」
ゴードンに同意したのはチェンでもホークウィンドでもなかった。とはいえ、ホークウィンドはその者の気配は感じていたのだろう、通路の奥から近づいてくる靴音の方を凝視していた。
「リーゼロッテ・ハインライン……」
「私も、さっさとアナタ達を片づけて、虎を狩りに行きたいのよ……これを使ってね」
そう言いながら、ハインラインはパワードスーツの脇から一本の短剣を取り出した。ほとんど装飾のないシンプルなデザインだが、ただ一つ、中央に赤く輝く宝石がはめ込まれている――宝剣ヘカトグラムは、この時には完成していたのだ。
「……ゲンブ、どうする?」
ホークウィンドは後ずさり、いにしえよりの相棒に耳打ちをした。対するチェンは首を横に振りながら小さくため息を吐いた。
「ここで二人を倒せたとしても、その後に第五世代型に囲まれれば厳しいでしょうし、脱出するほか無いでしょうね」
「私たちを倒せるとは、思い上がりも甚だしいんじゃない!?」
ハインラインが叫んだ瞬間、一触即発の雰囲気が爆発した。リーゼロッテがヘカトグラムを起動するよりも早くホークウィンドが苦無を投擲する傍らで、ゴードンが銃を――形状は銃というほかないが、銃口はない、恐らく魔術杖のプロトタイプだ――構えた。
「魔術弾装填……穿て、拡散する冷気の散弾【フリーズバレッタ】!」
ゴードンがトリガーを引くのに合わせ、プロトタイプの先端に魔法陣が浮かび上がり、すぐに鋭い氷の散弾が打ち出された。それらはレーザーの網を掻い潜り、チェンの立つ位置へと襲い掛かってくるが――チェンが手を上げて「喝」と叫ぶと、それらの銃弾はすべからく空中で制止した。
「成程、サイコキネシス! 基本的な超能力だが、君のそれはなかなかに強力なようだ!」
攻撃を止められたというのに、ダニエル・ゴードンは嬉しそうに声を荒げている。彼の持つ知的好奇心が刺激されたのだろうが、興奮して眼を見開く様子は自分の知るアルジャーノンがとる態度とそっくりだった。
「お褒めに預かり恐縮ですが……私は貴方を喜ばせるための大道芸人ではありません。ここで退かせてもらいますよ」
チェンが答え終わった瞬間に、画面いっぱいに強烈な閃光が広がり、ついで破裂音がスピーカーから響き渡った。ホークウィンドがスタングレネードを使ったのだろう、第五世代型に対しては効果は無いだろうが、生身のハインラインとゴードンには有効な対抗策と言えるだろう。
次に画面が移った時には、光ではなく煙の中からチェンとホークウィンドが抜け出してきた。スタングレネードに合わせて煙幕も同時に張り、二人が追いかけてこないようにしたのだろう。




