11-63:平行線の二人 下
「仮にお前の願望が叶ったとして、お前の基準で残った者たちが過ちを犯さないとは限らない。上位存在とやらを使った急激な進化に、今強くある者たちが対応できるとは限らないし、これから生まれてくる者たちも強いとは限らないじゃないか」
「その通りだ。そうなれば、再度淘汰が起これば良い」
「それじゃあ、無限の進化の過程で淘汰が繰り返されて……きっと最終的に残るのは一人だ」
「それこそ極論だな。だが、もしそうなったとしても、それが問題だとは思わん。それが進化の到達点であるとすのなら、人とはそういうモノだったのだと証明されるだけの話なのだから」
「絶対の孤独の中で、そいつは世界に何を見出すというんだ?」
「そんなものは分からんよ。上位存在の力を得て進化した人類は、今の私や君のように三次元の檻に捕らわれた者の尺度で計ることはできないだろうからな」
「……その孤独の玉座に収まるのはお前か?」
「もし私を超える逸材が出てこないのならば、それでもいい。私を超える者がいるのなら、私も進化の淘汰の渦の中に呑まれて消えていこう」
クラークは「さて」と言葉を切ると、JaUNTで狭い通路から脱出した。そしてすぐに天井から、先ほどからずっと聞いている男の声が響き始める。
「君が私の描く未来に対して、どう足掻いても賛同してくれないということは良く分かった……同じ肉の器を捨てた者同士、通じる部分もあるかと思っていたのだがね」
「俺は望んでこの体になった訳じゃないからな……別に今となってはこれで良いとは思ってるが、自分で選び取ったのであろうアンタとは違うな」
「それは残念だ。君は進化を選び取るタイプの人間ではないということになるからね。しかし、脅威なことは依然変わりない……ここで消えてもらうこととしよう」
スピーカーからの声が聞こえ無くなった瞬間、通路の壁から小さな機械が飛びだしてきた。それぞれ通路の対角線上に出現したようであり――二つでワンセットのそれらはレーザーで結ばれ、蠢きながら壁を伝いこちらへと近づいてくる。
前後の通路に降りてしまった分厚いシャッターは、音速で蹴りをかましても破れはしないだろう。それならば――奥歯を噛み、ゆっくりと接近してくるレーザーの刃を避け、移動する隙間のない場合は投擲でレーザー照射装置を破壊しながらある一点を目指す。
そして先ほどクラークが落とした巨大な置き土産――荷電粒子砲を担ぎあげ、シャッターへと向けてその先端を向ける。クラークが発射の準備をしていてくれたおかげで、自分はトリガーを引くだけで良い。長大な砲身から発射された巨大なレーザーがシャッターに大穴を開け、自分は再びレーザーの合間を縫いながら安全圏へと走り抜けた。
とはいえ、今のは危なかった。クラークがシャッターを破壊する武器を置いて行ってくれなかったら、逃げ場なくレーザーに粉みじんにされていただろう。そんな風に思っていると、通路に備え付けられているスピーカーから「やはり」と老人の声が聞こえだした。
「上位存在は私のことが気に食わないようだ。何故なら、私は君をそこに誘いこむのに、レールガンなど持ち出す必要性は無かった。だのに、現に私はそれを取り出し、あまつさえその場に放棄し、君が脱出するための手伝いをしてしまったのだからな」
「はっ、言い訳がましいぜデイビット・クラーク。お前は見えざる手が働いたと言いたいんだろうが……単純にテメェがボケてただけだよ」
「むしろ、そうであってくれれば良いのだがね……」
実際の所、確かに都合が良すぎる部分はあっただろう。そうなると、アラン・スミスには超越者の加護があるというクラークの予測も頷けるように思う。
しかし、自分としてはそれを許容したくはなかった。正確に言えば、別に加護があること自体は良いのだが――クラークの言うように自らの選択が超越者によって歪められているというのは受け入れがたいものがあるからだ。
どちらにしても、デイビット・クラークの野望は阻止しなければならない。自分に高次元存在の加護があろうとなかろうと関係ない。一人の人間のエゴで、多くの人間が犠牲になることは間違えている――自分がこの男を止めるための装置なのだとしても、それに殉じるのならばその役目を引き受けよう。
ともかく、休んでいる場合などない。抜けた先には何体かの第五世代型が設置されており、こちらへと銃口を向けているのだから――そう思ってブレードを握り直した瞬間、周囲のアンドロイド達は姿を現して銃口を降ろし、通路に背をぴたりとつけて休めの姿勢を取った。
「来るがいい、タイガーマスク。君を倒すには、直接その頭に刃を突き立てる他にないようだからな。他の者たちにも邪魔はさせんよ……第五世代一体を作るのにだって、馬鹿にならない金が掛かるのだからな」
クラークの言うことが嘘でないことの証明とでも言うように、アンドロイド達はすっかり殺気を収め、同時に遠くの方でもシャッターが開いているようだった。どうやら、上の方へと向けて誘導されているらしい――屋上へと向かう道だけシャッターが開き、他の所へと行く道は閉じられてしまったようだ。
「……待て、アラン。罠に決まっている」
クラークが用意した道を進み始めると、車内に居るべスターからの通信が入った。もちろん、罠の可能性も否定はできないが、後に戻る道も閉ざされているのだ、結局はクラークが用意した道を行くしかない。
「クラークは嘘を言うタイプではないことだけは間違いないからな。少なくとも、誘いこまれている場所までは安全だと思うぜ。アイツそのものがトラップだって言うのなら否定はしないが……それよりもヴィクター、アイツの防御プログラムは?」
「あぁ、クラークの防御プログラムの解析は済んだ。しかし、プログラムは施設のどこかから遠隔で操作されているもののようだ。急な戦闘行動でバグが起きる可能性を考えれば、この構造も頷けるな」
「つまり、防衛プログラムを破壊して攻撃を届かせる作戦は通用しないってことか。右京が居れば何とかしてくれたんだろうが……」
「……頼れないものを宛てにしても仕方がない。しかし、どうするつもりだ、アラン」
「どうするもこうするも、せっかくご招待に預かってるんだ……それが悪の親玉からの誘いであっても、断るのは失礼ってもんだろうさ」
虎はブレードを握りながらそう言って、神への抵抗者が待つであろう祭壇を目指して進み始めたのだった。




