11-62:平行線の二人 中
「惜しいな! これほどの力を持ちながら、権力の犬となっているとは!」
「俺は権力の犬になっているつもりはない! お前のような独善的なイカレやろうを止めるために戦ってるんだ!」
「結構! 凡人に私の思考は理解できまい!」
言葉の力が機械の身体にも伝播しているかとでも言うように、クラークは鋭く力強い突きを繰り出してくる。それを受けられないと判断して――正確には、突きを繰り出す前の溜めの時点から判断して――虎はADAMsを一瞬だけ起動し、攻撃を躱して反撃動作を取る。
当然、相手がこのタイミングでJaUNTを起動するのも想定済みだ。アラン・スミスは音速を超えたまま振り返り、背後から振り下ろされた攻撃を二本のブレードで――片方は破壊した第五世代が使っていたものを拝借している――受け止めた。
「私は運命の奴隷になる気はないのだ……必ず三次元の檻を脱却して見せる!」
「テメェの野望のためにか!?」
「そういう君こそ、未来への展望もなく、独善的な正義を振りかざしているのではないのかね!?」
虎が気合を込めて老人の一撃を跳ね返した後、再度接近戦が始まった。またADAMsを温存しているのだろう、加速は行わず――代わりに二人の意思と言葉が刃に宿り、一進一退の攻防が繰り広げられている。
「君が救った者たちの内、誰が助けてくれと言っていた!? 況や救ったとて、その者たちは幸せになれるのか!?」
「誰かに未来を理不尽に奪われるよりはずっといい!」
「弱者に未来など最初からない! どうせ無価値な生が引き延ばされるだけだ! 死んでいった方が本人のためだったのだ!」
クラークが力強く虎の刃を跳ね返してから消えると、今度は通路の至る所から銃口が現れた。奥歯を噛み、こちらに掃射された銃弾の軌道を読む――オフィスと考えれば広めの、しかし戦闘行動を取るには狭い通路には、銃弾を避けるための逃げ場はほとんどない。しかし同時に、弾丸に並ぶ早さで動けるのならば、回避することは不可能ではない。
これは罠とも取れるだろう。銃弾を躱せる軌道に虎が行くよう、老人は誘導をかけているのだ――それが分かっていたとしても他に取れる道はないし、向こうが狙っていることもある程度分かっている。
銃弾を避けるようにT字路に入りつつ、EMPナイフを取り出して、何もない空間に対してそれを投げつける。すると、まさしくその場にクラークが現れ、相手が持っていた厳つい長身の重火器の――恐らくアンドロイド専用の携行型アンチマテリアルライフルだ――銃口に寸分違わずにナイフの先端を突き刺した。
そのまま銃口を引けば暴発していただろうが、老人側も虎の反撃を予測していたのだろう、すぐに銃から手を放し、音速で突き出された虎の刃をブレードで受け止め、弾き、二人は再び一定の間合いを取って制止した。
「生という激流に対して抗う者だけが権利を享受できる。それは不変の真理だ。生物の世界において、動かぬものは飢えて死ぬか、獲物として狩られるか……ただ人類のみが無産を許され、生存権という名の盾によってすべての者が守られている。他の生物から見たら何と不条理なことか」
老人は虎に対する演説を止めず――いや、アレはアラン・スミスという抵抗者と対峙して、改めて自らの使命を再確認しているのだろう――首をふって一呼吸おいて話を続ける。
「すべての人間が平等などと言うのは、前時代のインテリが旧体制を打倒するのに民衆を利用しようとした結果に過ぎない。
成程、この数百年のうち、個人の能力を問わずに法の下で平等な権利が与えられてきた。しかしその結果は、弱者が強者の拓いた道にただ乗りし、あまつさえ同じ所まで貶めようと足を引っ張るというナンセンス極まりないものだった。
弱者は権利の行使の仕方が分からないのだよ……愚鈍な癖に自分の尺でしか他人を計れない。だから自分より優れているものを見れば劣等感を抱き、理論よりも優しくないからだとか人の気持ちが分からないだとかいう、如何にも人道的な理由をつけた感情論を振りかざし、進化の足を引っ張ってきた……つまり、人類の進化の停滞とは、弱者が無駄に発言権を得た結果に過ぎないのだよ」
老人が話している僅かな時間で呼吸を整えて次の攻撃に備える。本来なら先手を打ちたいところだが、恐らく向こうも次の行動に移るはず。無為な消費は抑えなければならない――そして予測の通り老人が消え、すぐに気配を手繰ると、通路の更に奥の方から殺気を感じた。
すぐさま駆け抜けて、こちらに向けられているリニアレールガンが発射されるよりも早く、老人の目の前へと肉薄する。そして返す刃で相手の首を狙い――瞬間移動を読んでそのまま一回転し、そのまま背後に現れている相手を目掛けて更に刃を返す。
しかし、相手の勘も中々に鋭い。首の高さに上げられた男の腕のブレードでこちらの剣も止められてしまうのと同時に、巨大な砲身が床に落下する轟音が響き渡った。
「もしも全ての弱者を守ろうというのなら……君が全ての人類に叡智を授けられるのか!?」
「馬鹿じゃねぇのか!? そもそも、テメェの理屈が極論だって言ってるんだよ! テメェこそ怒りという感情で、人類を利用しようとしてるんじゃねえか!」
「はっ、成程、怒り! その通りだ! これは怒りだ! 力ある者たちの怒りの代弁だ! 君も見てきたはずだ、守られることしかできない愚かな民衆を! 簡単な陰謀論に惑わされ、テロに翻弄されるだけの弱き者たちを!」
「全員な訳じゃない! 誰かを助けるためにその身を渦中に投げ出せる奴だっている!」
「然り! 私は全人類を見捨てるつもりはない! そのような信念を持つ強き者たちが生き残り、更なる進化を遂げ、全時空間に飛びだし、永久の繁栄を享受すればいいのだ!
自らの道を自ら見出し、暗闇を恐れず、困難を切り開いていける者こそ、来るべき新時代に相応しいのだからな!」
幾許か打ち合った後、クラークはJaUNTを起動して姿を消した。今度は通路のやや奥の方に姿を現し、武器も構えずに虚ろな眼でこちらを見つめてきている。
「だが、他人の足を引っ張ることしかできない者どもはダメだ……今ですら進化の速度についていけていない者たちが、これからより強大な力を持つ人類の未来に付いていけるはずもないのだから。
そうなれば、ゴミのような民草どもには、進化の礎として糧になってもらうのがせめてもの情けというものだろう……どうかな?」
老人が語り掛けてくるのは、こちらに同意を取ろうとしているわけではないはずだ。こう言っている間にも次の策を考えているのだろうし――平行線と分かっているからこそ、ある意味では思考の整理のために、余すところなく自らの意見を虎に伝えようとしているのかもしれない。
こちらとしても、別段クラークの意見を全否定する気はない。彼の意見は彼から見た世界の真理であり、一つの正解とも言えるだろう。しかし、自分はクラークと別の意見を持っていて、彼と同じく理解し合う気もないし、この場でトドメを刺す覚悟もある。同時にこの男の強さは認めているのであり――だからこそ、自分も刃を交える中でも言葉を止めていないのだ。




