11-60:二人のサイボーグ 下
「落下時には超音速を活用できないと思ったのだが……成程、その辺りも弁えているか」
「そう言うアンタこそ、自分の家でミサイルぶっ放すとか、頭イカれてるんじゃないのか?」
「いや、やはり未来が見えているのだな……そうでなければ、こちらまで跳んできたことが説明がつかん」
「くそ、無視かよ……その余裕面ぁ、歪ましてやる!」
虎は腕を振り抜き銃身を両断すると、すぐさま左に持ったナイフで連撃を仕掛ける。それは相手のシャツの布を確かに切り裂いたが、腕を両断するには到らなかった――金属がぶつかり合う音がするのと同時に、クラークの袖からアームブレードが飛び出してきた。アレで攻撃を防いだのだろう。
「……隠し腕!?」
「だが、いくつか分かってきたこともある。常に加速していればいいものを、君は一定間隔で加速を切っている。フレームの耐久性の問題なのか、神経的な問題なのか、恐らく両方だろうな」
「ちっ……だからなんだってんだ!」
アラン・スミスが次に繰り出した斬撃は虚しくも宙を切った。虎は再び周囲に視線を巡らすが、一旦敵の気配は消えているようであり――クラークはまた何かしらトンデモ武器を持ってくるつもりなのだろう。
「くそ、また消えやがった……しかしヴィクター、クラークは生の脳を使っているとするのなら、あの反応速度は異常じゃないか?」
「あぁ、恐らく何かしらの防衛プログラムを義体に仕込んでいるんだろうな。センサーか何かで近づいてくる物体に対して反射的に防御行動を行うように仕組まれているのだろう」
「なるほど、そいつの無効化は……ケイスが居ないと厳しいか」
「……あぁ、そうだな」
「おいおい、なんだか元気がないじゃないか。ともかく、敵がいないのなら俺もアンノウンXを……ちっ!」
移動を始めようとした瞬間に凶刃が襲い来るのを感じ取ったのだろう、オリジナルは振り向いてブレードを突き出した。それは寸分たがわずクラークが振り下ろしてきていたアームブレードを受け止めた。
「……なるほど、俺をモノリスとやらに近づけたくないらしいな?」
「到着したところで運び出すのは不可能だろうが……君が上位存在の刺客という想定がある以上、接触は避けたいというのは否定はせんよ。だが……このデイビット・クラークを無視してモノリスへと辿り着けるとは思うなよ!」
「やらいでか!」
二人のサイボーグが互いに吠えると、またカメラが急転した。二人は移動をしながら戦い続けているのだろう、映像が切り替わるたびに風景が変わっていた。音速の壁を超える破裂音や金属の打ち合う音、爆発音など、けたたましい音が鳴り響き続ける。
超音速で繰り出されている戦闘に関しては、本来なら何が起こっているかを把握することはできないはずだ。とくにこれはべスターの過去の記憶を再生しているのであり、ブラウン管には生身の体感速度がそのまま表示されている――そうなれば、アラン・スミスとデイビット・クラークの戦闘で何が行われていたのかは、ADAMsが切れた瞬間の映像から推測することしかできない。
しかし、自分は何となくだが、彼らが何をしているのか分かるようになってきていた。もし自分があの場に居たら、どう行動するか――今までも何度かオリジナルと思考がシンクロすることはあったが、今は完全に同調しているという感じがして来ている。
クローンの自分に本来ならあるはずのない記憶が、自分の内側からあふれ出てくる。それは遠い昔に、自分が実際に体験したような――この身に刻まれたオリジナルの遺伝子に刻まれた記憶が蘇って来てるとも言えるのかもしれないが、それにしても湧き上がってくる感情はあまりにも鮮明だ。
ともかく、ブラウン管を見やると、べスターもグロリアは、虎の戦いを固唾を呑んで見守っているようだ。
「べスター! アランは大丈夫よね!?」
「状況は不利だ……アランはクラークの相手をするだけでなく、第五世代や施設の防衛装置も対処せねばならないんだ。楽観視はできんな」
「もう! アランを信じてないの!?」
「いいや、信じている……信じるしかない。アイツはオレの全てなんだからな……!」
そう言いながら、エディ・べスターの視線がモニターを凝視し――その時、不思議なことが起こり始めた。べスターの見ているモニターの映像が、段々とブラウン管に広がり始めたのだ。
そして最終的に、ブラウン管に映し出されている映像は、観測者の物ではなく――原初の虎が在りし日に見た光景へと切り替わったのであった。




