11-58:二人のサイボーグ 上
オリジナルとクラーク、二人の戦闘は映像ではほとんど認識することができなかった。分かることと言えば二点、一点目は虎の音速の動きに対してクラークは恐るべき反応速度でもって対応をしているということ。もう一点はクラークが凄まじい力をもって、サイボーグであるアラン・スミスと互角の力を持って戦っているという点だ。
より厳密に言えばクラークの方が力そのものは上なのだろう。クラークは超音速で数トンを超えているはずの虎の斬撃をいつの間にか取り出していた刀で受け止めて、なお平然としているのだから。
ともかく、二人は廊下に出てから何度かの激突を繰り返し、今は互いに鍔迫り合いをしている所だ。クラークの顔が近いが、向こうは激しい接近戦をしているというのに、汗一つ流さず冷たい目で虎を睨んでいる。
「……てっきりビビッて安全な所に逃げ出すかと思ったぜ」
「侮ってもらっては困るな。言っただろう、君は私の最大の障壁になりうる存在だ。そして想定通りに上位存在の加護があるならば、部下に任せたところで誰一人として君を仕留めることはできない……それに、この場から私が退散したらモノリスを強奪される可能性もある。
そうなれば、君が私をこの場で必ず仕留めると決めたのと同じように、私もこの場で君を抹消する必要がある訳だ」
「そりゃシンプルだ! それなら、最初からこうしておけばよかったぜ!」
再び破裂音がすると、ちょうど景色が反転し、アラン・スミスはクラークが居たはずの場所に――彼が居た場所の背後から――斬撃を放っていた。しかし、その一撃は虚しく宙を切るのみであり、虎はすぐに獲物の気配を手繰るためか辺りを見回し始めた。
「ちっ……また消えやがった! ヴィクター、アイツの解析を頼む……俺の勘が確かなら、アイツは俺と同じサイボーグだ」
「オレもそう思っていたところだ。と言っても生身の、しかも本来なら八十を超える老体であれだけの膂力を持っているんだ、それ以外は考えられないだろうがな。
しかし、サイボーグというだけでは説明がつかんのは……」
「あぁ、あの瞬間移動だな」
「ADAMsを起動していても眼で追えないのか?」
「俺よりも早く動いているなら話は別だがな。しかしそれなら、わざわざこちらの攻撃を受け止めず、さっさとトドメを指せばいいだけだ……そうなれば、アレもモノリスとやらに触れて得た瞬間移動の能力だろう」
アラン・スミスの語尾は金属同士が打ち合う音でかき消された。先ほど虎が背後からの斬撃を狙ったように、今度はクラークが背後から刀を振り下ろしてきたらしいが、オリジナル側も超反応でその一撃を防いだようだった。
「流石、勘が鋭いね……我がJaUNTは、モノリスから賜った瞬間移動の能力だ。これを得た時には、私に空間を超越せよという啓示かと思ったものだが……」
「はっ、まさか力を与えた相手が、こんな大馬鹿だとは上位存在とやらも思ってなかったんだろうな!」
「授けられたのではない! 私は自ら可能性を選び取ったのだ!」
そして再び目まぐるしい斬撃の打ち合いが始まると共に、今更ながらに施設内に緊急事態を知らせる警報が鳴り響きだした。それに合わせ、グロリアの隣に置いてある通信機が震え始め――通信の声を確実に聞かれないようにするためだろう、べスターはマイクを切って通信機を取った。
「随分と時間が掛かりましたが、陽動が始まったようですね」
「ゲンブ、虎がクラークとの戦闘に入った……これは罠だ。誘いこまれたんだよ!」
「なんですって? それでは……」
チェンは少し考え込むように押し黙って後、すぐに「ヴィクター」と落ち着いた様子で声をあげる。
「貴方は私のことも疑っているでしょう。しかし……ハッカーと連絡は取れますか?」
その言葉に、べスターはようやっと右京が全く声を上げていないことに気づいたようだ。いつもなら分割されたモニターの一部分に映っているはずの少年の顔も、今は映されていない。
「獅子身中の虫は見つかったようですね」
「あぁ、クソ、まさか右京が内通者だったとは!」
「とはいえ、私とセイリュウの任務は変わりません。虎のターゲットがセルズからデイビット・クラークに移っただけのこと……私たちはこの混乱に乗じ、アンノウンXの奪取に向かいます」
「しかし、右京が裏切り者だったということは、こちらの作戦は全部筒抜けなんだ……恐らく、そちらにも相応の罠があることが予測される。それに、脱出だってアイツ頼りだったんだ。退路の確保が優先だろう」
「貴方の言う通り、できれば日を改めたいところです。しかし、もう一度これだけのチャンスが巡ってくるとも限りません……行ける所まで行ってみますよ。
退路については御心配には及びません。こういう時のために、何個か経路は用意していますから」
その周到さは流石チェン・ジュンダーと言ったところか。実際に一万年後も暗躍していたのだから、チェンとホークウィンドについては上手く脱出できたのだろう。
チェンからの通信が切られ、べスターは再び脇へと機材を投げた。その先ではグロリアが、顔を白くしながら唇を振るわせていた。




