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11-57:虎が存在した理由 下

「さて、これで概ね私の目的は話した。今度は君の意見を聞こう」

「今の話を聞いて、お前に賛同する奴がいるなら見てみたいぜ」

「そうかね? 君は十分に我らに賛同する立場にある……いや、私に賛同せずとも、愚かな人々に味方をしない理由としては十分ではないかね?

 仮に君が我々と戦い続けたとしても、その先に待ち構える未来にそう違いはない。モノリスを得た者たちが愚かに戦い続け、更なる火種を生み出すだけだろう。

 楽観的に考えて、モノリスの技術が一般にも解放されたとしても、人類の大半を占める衆愚共はこの技術を有効に活用することもできないし、結局は先進的な者が生み出した新たな技術にただ乗りするだけで、人の本質は何一つ変わらない。

 もっと楽観的に構えたとしてだ。人々がモノリスの叡智を授かったとしてもだ。結局は三次元の檻にいる限り限界が来る……精々外宇宙を開発し、テラフォーミングでもを行って、宇宙植民地を増やす程度のことしかできないだろう。

 もっとも、人は他者より優位に立ちたいという本能を備わっている。そう考えれば、結局協力などと言うことはありえず、どこかのタイミングで争いを生じさせ……核爆弾など比べ物にならないほど発達した技術で殺し合い、滅亡するのが関の山だと思うがね」


 クラークはそこで組んでいた手を離し、まっすぐ虎を指さしてくる。


「つまり、君の行っている涙ぐましい救護活動など、愚かな者たちを増長させるだけのナンセンスな自己満足にすぎない。君が今日に救った者どもが、明日には武器を取って互いに殺し合うのだ……それでも、君は誰かのために戦おうなどという綺麗ごとを吐くのかね?」


 クラークの言うことは、右京と語ったことに近い内容である。結局DAPAを倒したところで人の世から争いは無くならない。なるほど、あの男の言うことは真理の一面を捉えているだろうし、悲観的に考えればアラン・スミスの方が現実が見えていないとも言えるだろう。


 しかし、クラークと右京とでは、その根幹の部分に差異はある。クラークは人に対して期待も絶望もしていない。ただ、人とはそういうものだと決めつけているだけだ。だからこそ、彼は自分の行動に疑問を差し挟む余地もなければ迷いもない。だからこそ、人の世を管理し、同時にその命を奪うことにも躊躇が無いのだ。


 対して右京は、人の世をクラークと同じように捉えているものの、そこに対して期待も絶望もある。もっと言えば、彼自身の在り方に対しても、常に疑問を持ち続け――その上で何かを決断し、傷ついているようにも見える。


 それ故に、デイビット・クラークと星右京が語る内容には大分違った印象を受けるのだろう。右京の言葉は耳を傾ける価値があるように思われたのに対し、クラークの長大演説は聞く価値が無いモノのように思われるのはそのためだ。


「長々と御高説いただいた上で恐縮なんだが……そう言うテメェが、一番陰謀論に頭を犯されてるんじゃねぇのか?」

「ほう……では、君は人類の未来に希望を見いだせるのかね?」

「別に楽観視はしていないが、お前ほど悲観的にも考えちゃいない……というより、お前みたいなその極端な思考は、十代のお多感な内に卒業しておくべきなんだよ」


 虎の言葉に対し、デイビット・クラークは露骨につまらなそうな表情を浮かべる。恐らく出てきた返事の内容が高尚なものでなかったせいだろう。もしかしたらオリジナルのことを馬鹿とでも思ったのかもしれない。


 しかし、それはオリジナルとて同じことだ。まさか全世界を掌握し、全時空間に手を伸ばそうとしている男の持論が、結局は三文芝居の筋書きのような稚拙なものだったのだから。


 もちろん、クラークの言うことが全て間違えているとは思わない。何なら、ある程度は社会情勢と人間を良く捉えていると言っても良いだろう。しかし、アラン・スミスが否定したいのはそこではない。クラークが間違えている点、それは――。


「少なくとも、お前みたいな一人の人間の極論で、人類全体の行く末が決まることを間違えている……テメェこそ自己が肥大しすぎて、愚かと思っている人々よりも思考が硬直化してることに気づいていない大馬鹿野郎なんだ!」


 やはり、自分の考えとオリジナルの考えは完全に一致していた。人は間違いを犯すかもしれないが、かと言ってそれを一人の人間が裁定し、未来を決めることなど傲慢以外の何物でもない。


 確かに全人類の意志に耳を傾け、より良い未来を目指していこうなどと言うことも不可能であるのは虎も理解はしているはずだ。さらに、クラークの言葉を借りるとするのなら、人は自らの未来がより良くなる選択をできるほど賢くないのも事実かもしれない。


 しかし、それでもなお、一つの極論で人類の存続が決まることだけは絶対に違う。これは一万年前の映像であり、結果としては旧世界は別の者たちの手によって滅亡してしまった訳ではあるが――この危険な男を見過ごせるほど、アラン・スミスは甘くはない。


「覚悟しろ……お前はここで必ず仕留める」

「そのナイフで私の頭を貫こうというのかね?」

「あぁ、そこは俺の射程だ」


 二人の間に確かな緊張が走る――広い部屋と言えども、二人の距離は十メートルという程度、そこは確かに虎の間合いだ。クラークは不自然でかつ不気味な笑みを浮かべている。恐らく仮面の下では、アラン・スミスも笑みを浮かべているだろう――それは虎が獲物を狩る時の攻撃的な本能から来る笑いだ。


 その時、車内で事の成り行きを見守っていた――というより、クラークの持つ独自の雰囲気に呑まれていたという方が正解だろうが――べスターが慌ててヘッドフォンマイクを口元に近づけた。


「タイガーマスク、デイビット・クラークの暗殺許可は出ていない……武器を下ろしてそこから離脱するんだ」

「いいや、アイツはここで倒さなければダメだ。もしかすると、俺はアイツの首を取るために生き返ったのかもしれない。

 今まで、俺は任務で人を殺してきた。自分の意思で暗殺をしてきたが、望んで誰かの命を奪ったことは無かった。だが、アイツだけは……俺は俺の意志で、望んでこの手を赤く染めてやる」


 そう、もし高次元存在がこの世界の成り行きを見守っていたとするならば――デイビット・クラークの存在を看過することはできなかったはずだ。知的生命体に進化を促す贈り物を秘匿し、本来もたらされていたであろう恩恵を独占し、あまつさえ自らを支配しようという不届き者を野放しにすることはできないだろうから。


 そういう意味では、アラン・スミスが存在した理由は、まさにこの時のためだったのだ。そういう意味では、原初の虎とはまさしくクラークの言うように、高次元存在がこの男を止めるために送り込んだ刺客だったのかもしれない。


 この日のために身体を改造され、この時のために罪を背負い、この瞬間のために技を磨いてきた――全てはこの男を屠るため、もしかしたらそのように仕組まれていたのかもしれない。


 いや、そんなことなど知ったことか。誰の意見など関係なしに、この男は止めなければならない――この手で、必ず。


「デイビット・クラーク……お前は俺のターゲットだ!」


 ナイフを投擲するのと同時に、虎はすぐに身体を反転させたようだ。鈍い金属音が響いた。どうやらクラークによって背後から振り下ろされた手刀を、オリジナルはブレードで受け止めたようだった。


「やはり、話すだけ無駄だったか……まぁ良い。私は上位存在がよこした絶対の勝利者を凌駕し、天命すら我が道を止められんと証明してくれるのみだ!」

「おぉおおおお!」


 二人の雄たけびが聞こえると、すぐに音速の壁を超える破裂音が聞こえ始め――次に映像が映し出された時には、クラークの腰が入った正拳突きによって分厚い壁が吹き飛んでいるところであった。

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