11-52:虎の夢、少年の迷い 下
「……僕も何か創作をしてみようかな」
「お、どうしたんだ急に?」
「何となく思っただけさ。ただ、そうだね……何かを作れば、アナタに近づけるかもしれない、そんな風に思っているのかも」
「……はぁ?」
「いや、忘れてくれ……本当に深い意味は無いからさ」
そこまで言って立ち上がり、少年はいつものような笑みを――自らの本心を隠すための創り笑顔を浮かべた。
「それじゃあ、僕は行くよ。ちょっと次の作戦の準備の仕込みをこの辺りでやっておきたいんだ。さっきのことは、前向きに考えておくよ」
「あぁ、よろしく頼む。あと……おかげで大分吹っ切れたよ、ありがとうな右京」
「どういたしまして。先輩もこの先にきつい任務があるんだし、迷いがあるのは良くないからね」
右京はそう言って僅かに手を振り、瓦礫の海の中へと消えていったのだった。
◆
「……この後にオレが迎えに到着すると、確かにお前は吹っ切れていたようにいつもの調子に戻っていた」
隣にいるべスターから声があがると、ブラウン管の映像が切り替わった。まずは先ほどの現場から戻る車内の様子、次にコンテナハウスや研究室での映像――その場に映るオリジナルやグロリアの様子から、確かに険悪なものは感じられない。原初の虎は右京の言葉で迷いを断ち切れたということなのだろう。
一方で、虎の言葉は少年の心を揺さぶることはできなかったとも言える。もしくは、揺さぶった結果が裏切りだったのだろうか。しかし、恐らくは前者だろう。べスターから共有されている情報から推察する範囲では、右京は用意周到に二課を裏切り、DAPA側へと寝返ったのだから。
何にしても、もう少し情報が欲しいのだが――。
「右京との会話は、これが最後か?」
「いいや、まだもう少しだけある。だが、ほんの一瞬の出来事だ……アレから何か見出すことはできないだろう。
そうなると恐らくこの映像が、星右京の動機を最も近いように思うんだが……何か分かったか?」
「やっぱりアイツが繊細な奴だってことが痛いほど伝わって来たぜ」
「つまり、何も分からんと」
「いいや、そんなことはないさ。アイツは、やっぱりこういう奴なんだって確信を持てたからな。それだけでも意味はあるように思う」
少なくとも、星右京は人を支配したいとか、永久の命を得たいとか、そういった世俗的な願望から上位存在を求めているわけではなない、それだけは確信が持てた。そして同時に、少年は虎の心を救ったのに、虎は少年の心を救いきれなかった、それも確かだった。
とはいえ、仮にどんな事情があったとしても、少年がこの後にしでかしたことの罪の重さは依然として変わりない。少なくとも、自分の目的のために多くの命を利用してきたという事実は覆らないからだ。
しかし――ふと、レムの言葉が思い返される。
『……その人の目的は、宇宙の完全なる沈黙ですよ』
世界を儚んで死に焦がれた少年。そして恐らくこの宇宙で少年を最も知るレムから出た、宇宙の完全たる沈黙という言葉――これらのピースから考えれば、かなり核心に近づいてきているように思う。
しかし、まだ一歩、少年の心のベールの向こう側は見えきらない。右京が言うには、オリジナルに対しては高次元存在を求めた動機を語っていと言ってたが、べスターの記憶の中にそれは無いということは、恐らくその真実はこの先に――少年が虎を仕留めたその瞬間にこそあったのだろう。
そして、その時はまさしく来た。ブラウン管の中にはピラミッド型の建物が海を挟んで向こう側に映し出され――しかしいつものような昼空ではなく月のない夜であり、べスターの隣にいるのはチェン・ジュンダーではなく原初の虎であったのだった。




