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11-51:虎の夢、少年の迷い 上

 さて、ブラウン管の向こうでは、オリジナルが深々と頭を下げており――視線が上がるのに合わせて「なぁ右京」と声を上げた。


「DAPAとの戦いが終わったても……力を貸してくれないか?」

「それは……」

「いや、別に今みたいに直接的でなくても良いんだ。お前には晴子のことを任せたいしな。そう言う意味では、お前には安全な所に居て欲しい。だけどきっと、お前みたいな奴じゃないと出来ないことがあると思うんだ」


 そこで虎は夜空へと視線を戻した。都市部の一角であるこの瓦礫の海からは、星灯りなど視えはしない。ただ三日月だけが孤独に輝き、それ以外は暗澹たる漆黒がどこまでも続いている。


「お前の言うことは間違いないと思う。きっと、戦いは無くならない……人間ってのは、全くテメェ勝手な生き物だ」

「……そうだね」

「俺は理不尽に巻き込まれている誰かのために戦おうと思う……だけど、それは根本的な解決にならない。どれだけ早く走ったって、この星の裏側で苦しんでいる人を救えるわけじゃないからな。

 だから、お前のように頭の良い奴が、世界の根本を変えるように戦ってくれればと思うんだ。確かに、簡単に人の世から悲劇は無くならないだろうが……人は進歩できる生き物でもあるはずなんだ。

 その進歩を促すのは政治かもしれないし、法かもしれない。経済かもしれないし、思想かもしれない。もしくはもっと、別の何かかもしれない……人類が何千年かけて到達できなかったものでもあり、そんな便利なものも無いのかもしれない。でもきっと、何かがある気がする……お前にはそれを考えて欲しいんだ」


 虎は暗い夜空から視線を離し、少年の方を見つめた。対する少年の目には困惑が浮かんでおり――それもそうだろう、少年は人と世間を肯定的には捉えておらず、その者たちのために何かをしろと言われて「はい」と言うほど単純な相手でもないことは、オリジナルだって分かっているはずなのだ。


 だが、同時にオリジナルの気持ちも理解できる。アラン・スミスが少年に希望を見出したのは、彼ほどの感受性と思考力、言語化能力があればこそ、完全に人の世から絶望を払しょくできないとしても――何かの可能性を掴むことが出来るような気がしたのだろう。


 何より、それは心の奥底では、少年自身が望んでいることのようにも思える。彼が世の中に絶望しきれないのは、世界に何か可能性があると期待しているから――誰かが背を押せば少年は前に進めるかもしれない、虎はそのように考えたのかもしれない。


 そんな期待を投げかけられた少年は、やはり困惑の奥に何か思うところがあるように瞳を輝かせ――しかし元来のネガティブ思考が勝ってしまったのだろう、小さくため息を吐きながら首を横に振った。


「……そんなのは理想論だよ。現実的じゃない」

「あぁ。しかし、そうやってまだ見ぬ可能性に怯えて思考停止するのは違うと言ったのは、どこのどいつだ?」

「おっと、今度こそ藪蛇だったね」

「はは、そうだな。言ったことは自分に跳ね返ってくるもんだ……ともかく、今までみたくハッキングを手伝って欲しい訳じゃない。ある意味では、脅威度で言えば俺なんかよりも、お前の方が高いはずなんだ。

 今でこそ、第五世代型アンドロイドという脅威があるから、俺みたいに乱暴な奴が重宝されているが……不可視の怪物がいなくなれば、天才ハッカーであるケイスの脅威は、虎の脅威に勝る。

 そういう意味では、今みたいに協力してもらうのは危険だが……俺が協力しているのはお前のハッカーとしての腕を見込んでじゃない。星右京の持つ正義感と、誰かの悩みを的確に言い表せるその言語化能力と頭脳にある。

 世界を変えられるのはさ、俺みたいに走り回ってる奴じゃなく、人の根本を変えられる奴なんだと思う。俺はせいぜい手の届く範囲でしか足掻けないが、お前は地球の裏側にまで平和をもたらせる力がある……そんな気がするんだ」

「過大評価だよ。それこそ、僕らは井の中の蛙さ。べスターさんが聞いたら鼻で笑うだろう……社会も知らない青二才がって」

「あぁ、そうかもな。でも、良いじゃないか。世界を動かしてきた偉人達だって、俺たちと同じくらいの年齢の時は青二才だったんだから」

「はは、ものは言いようだね」


 虎の説得に、少年は強張っていた表情を柔らかくしてきた。しかしまだ心の奥底から納得したわけではないのだろう、右京はまた首を振ってオリジナルから視線を逸らした。


「簡単に返事できることじゃない。少し時間が欲しい」

「あぁ、もちろんだ。別に、絶対に俺の願いを聞き入れてくれとは言わないさ。それにまぁ、そもそもDAPAに勝てるかだって分からないしな……ただ、どうか晴子のことだけはよろしく頼む」

「……あぁ、了解だ」


 虎の願いに少年は頷き返し、しばし黙ったまま真剣な表情で空を眺めた。オリジナルも気持ちを整理するためか、少年から視線を外して星のない空を見上げ――少ししてから、右京の方から小さく声があがった。

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