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11-50:見舞の動機 下

 もし世界に対して絶望しきっているのなら、他者に対して一切の関心を抱かず、誰とも接点を持たずに静かに潰えていくだろう。しかし、少年がそれをできなかったのは――これは少年だけでなく、多くの人がそうなのかもしれないが――人が全てに絶望しきるのは存外に難しいことを示すのかもしれない。


 もう少し踏み込めば、人間は結局、自分だけで完結できない生き物なのだろう。完全に孤独であれば自己肯定感を得ることができない。だからこそ他者を求めるのかもしれない――他者も自分と同じくらいエゴにまみれていて、触れ合うことで傷つくという結果をもたらすとしてもだ。


 少年が以前オリジナルのことを「羨ましいほどに孤独」と形容したのは、この辺りが関係しているのかもしれない。原初の虎は他者からの評価を求めていない、世俗的な感覚を超越した者と少年は錯覚していたのだろう。


 ただ、それはとんでもない誤解だ。なぜなら、オリジナルは――自分はその他者からの評価を絵に求めていただけなのだ。絵を通して世界に語り、誰かからの共感を持って自己肯定感に変えていこうと思っていた、それだけなのだから。


 それ故、ジム・リーの存在がオリジナルのアイデンティティを揺るがしたとも言える。自己表現が幸福に直結するとは限らないと、彼は身をもって証明していたからだ。だからこそ、先ほどの少年の言葉は虎に対して非情にクリティカルだったのだ。


 恐らく、右京本人はそこまでは理解していた訳ではないのだろうが――話し終わったころには自嘲気味な笑みを浮かべながら首を振り、右京はまたこちらを見つめてきた。


「少し脱線するけれどさ、僕は小さい頃はヒーローになりたかったんだ。世界を救うような勇者というか、そういのにさ」

「別におかしなことでもないだろう? 俺だってガキの頃は悪の組織と戦う変身ヒーローになりたかったぞ?」

「成程、それなら部分的には夢が叶ったんじゃないのかい?」


 右京はそう言いながらこちらを指さしてきた。ブラウン管の向こうでは、ちょうどアラン・スミスの仮面を指している形になっているはずだ。


「あのなぁ……これじゃ変身しっぱなしだろうがよ」

「はは、ごめんごめん……それで話を戻すと、まだ人間ってものが良く分からなかった時には、誰かのために一生懸命に戦うヒーローの在り方こそ美しいと思ってたんだ。

 でもまぁ、僕にはヒーローの才能はなかった……偉そうに聞こえるかもしれないけれど、守るべき誰かという存在が、本能に縛られる利己的な存在であるとするのなら、救う価値はあるのかって……そんな風に思ってしまってさ。

 ヒーローになるための一番の素質は、恐らく魂に刻まれてるんだよ。救うべき対象の心の底にどんな闇が渦巻いていようとも、誰かが泣いているなら本能的に身体が動いて、戦える……そういった魂の持ち主でないと、英雄にはなれないのさ」


 そう言いながら、右京は真っすぐにこちらを見据えてきた。その瞳には、羨望が色濃く映し出されているように見える。そしてまた何かを諦めたように首を振り、今度は足元に視線を落とした。


「晴子を救おうとしたのは、正義の味方に憧れた幼いころの残滓が、僕の心に働きかけた結果なのかもしれない。そういう意味じゃ、僕は結局自己陶酔のために彼女に声をかけただけなのかも……」

「まぁ、お前がそう言うなら否定はしないが……今は晴子のことをどう思ってるんだ?」

「さっきも言った通り、大切に想っているよ。彼女は全然僕の思い通りに動いてくれないからね」

「そりゃ変だな。普通は思い通りになる方が良いんじゃないのか?」

「そんなことはないさ。前も言ったけれど、僕は人の思考の先読みして、概ねその人の気持ちや行動を予測できるんだけど……それは、さっき言ったような人の本能的な部分から、統計的に予測を立てているに過ぎない。

 逆に、思い通りにならないってことは、それだけ単純でも利己的でもないってことを意味する。晴子には誰かさんと同じでシニカルな一面もあるけれども、根は真っすぐで善良で、温かさがあるからね」


 誰かさんと言うのはオリジナルを指すのだろうが、シニカルさで言えばむしろお前の方が上だよ――そんな自分の思考を証明するかのように、右京は皮肉気に口元を吊り上げた。


「ただまぁ、一番はなし崩し的な部分もあるかな」

「おい」

「先輩も気をつけたほうが良い。気が付いたら逃げられなくなってるものだよ、男女の関係ってものはさ」

「ちっ……なんだか何もかもが癪だ。晴子もなんでこんなやつに惹かれちまったんだか」

「はは、さっきは凄い奴って褒められたのに、随分な落差だね」

「色んな意味で凄いことは間違いないぞ……そこだけは保証する」


 オリジナルは呆れたような声色で呟き、一度大きくため息を吐いた。


「だけどまぁ、言うだろ? やらぬ善よりやる偽善だって。お前はなまじっか頭が良いから、色々なことを言語化しすぎる。お前の心を俺は完全に理解しているわけじゃないし、確かに利己的な感情から晴子に声を掛けたのかもしれない。

 でも、それで一人が確実に救われたんだ……だからありがとう、右京」


 オリジナルの感謝の気持ちは本物だろう。というより、右京の気持ちが本物と言うのが正確か。なし崩し的な部分があったのも間違いないだろうが、わざわざ口にしたのは照れ隠しも含むに違いない。


 どちらかと言えば、晴子を大切に想っているという言葉が本心であると考え、オリジナルは礼を言ったのだろう。自分もこの時の右京が晴子を大切に思ってくれていたのは嘘ではないと思うが――それ故、ヘイムダルで少年が女神の首を絞めていた姿を思い返すと、なんだかやるせない気持ちが湧き上がってきた。

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