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11-49:見舞の動機 上

「なぁ右京。逆に聞いてみたいんだが……DAPAとの戦いが終わったら、お前はどうするつもりなんだ?」

「唐突だね。あまり考えてはいなかったけれど」

「とりあえず、晴子のことは任せても大丈夫なんだよな?」

「おっと、藪蛇だった……」

「おい、まさかいい加減なつもりでいる訳じゃないよな?」


 妹のことが遊びだったのではないかと不安になったのだろう、オリジナルは少々脅す様な低い声を出した、対する少年は、今度は視線を瓦礫に落とし――どこか独白でもするかのように話し始める。


「晴子のことは大切に想ってるよ。それは間違いない」

「ちなみに、晴子のどこに惹かれたんだ?」

「そうだね……こんなの言ったら怒るかもしれないけれど、最初は彼女が纏うむせ返るような死の香りに惹かれたんだ」


 少年の言葉に対し、虎は息を呑んだようだ。それもそうだろう、自分の妹が死にたがっていたところが良かったなどと言われるとは思いもしなかっただろうから。


 しかし同時に、星右京という人物がいい加減でないことも理解している――だから怒る訳でなく、少年の言葉を遮らずに二の句を待っているようだった。


「僕はさ、自分が生きている意味なんて無いって思ってるんだ。それは、昔も今も変わらない……人の幸福なんか刹那の幻であり、人は常に肉体に縛られ、本能の奴隷として生きている。

 正直、そんな人間に、そんな社会に嫌気が差してるんだ。結局人の本質は肉体に縛られている限り変わらないんだよ。何かを傷つけながら利己的にしか生きられない……みんなそうであり、僕自身もその連鎖の中から抜け出すことが出来ないんだ。

 何度か死のうと思ったことすらあるよ……慰めて欲しい訳じゃないし、共感して欲しい訳でもない。きっと言語化できているか否かの差であって、こういった感覚はきっと誰もが持っているものだから、自分が特別だと思っているわけじゃない。

 だけど、死ぬことを選ぶことすらこの体は吉としてくれないからね……恐怖という名の感情に連動して、自己保存を促す様な脳内物質が分泌される。ま、小難しく言ったけど、結局は死ぬ勇気がなかっただけなんだけどさ」


 右京が語る内容は、なんだか妙な納得感があった。以前、少年は何も望んでいないと思ったことがあったが――ただ唯一、彼が望んでいることは自らの死であったのかもしれない。


 もちろん、自分が思っている以上に少年の胸中は簡単なものでもないはずだ。死にたいなら死ねばいいなどというのは簡単ではあるものの、死は手段であって目的ではあり得ない――彼が死を望むのは、自身が言うように生に意味を見いだせないからだろう。


 生きることに幸福が無く、世間に対して希望も見いだせないのであるならば、その対抗策として死を想起することは――右京自身も言っていることだが――誰に対してでも起こりうる事象だろう。つまり絶望の渦巻く世の中から抜けだすという目的を果たすための一つの手段が死であるというだけだ。


 同時に、肉体が死を拒むから、何となく生きているだけ――そしてまだどこかに自分が知らぬ幸福が転がっているという期待も捨てきることが出来ず、何となく生という惰性を繰り返しているだけ、それが人間というものかもしれない。


 逆に、生に意味を見いだせるのはどういう状態であろうか? 自分においては、少年の言わんとすることは理解できる――だが、自分は少年ほど絶望しているわけでもない。自分が生を儚んでいないことに関しては、恐らくは二つ理由があるように思う。


 一つは単純に、歳を取るうえで少年ほどの純粋な感受性が摩耗したから。生に意味を見いだせないことは、不幸を敏感に感じ取ることのできる敏感な自己との対話の結果に過ぎない。思考の主体が自己であるが故、幸福というものが存在しないという前提に立てば、生とは無意味の連続という結論に回帰してしまう。


 逆を言えば――それは二つ目の理由に繋がるのだろうが――思考が内面ではなく、外に向けば生きる価値も見えてくる。もちろん、少年はその外をも嫌っているのは理解しているが、自分が彼ほどナイーブにならないのは、自分の価値を内面でなく外面に置いているからだろう。


 そんな風に思っている間に少年の独白が続く。


「だからこそ、死の淵にいる晴子のことを美しいと思った。彼女は自分に無い強さがあると思ったんだ。点滴に繋がれ、死ぬことすら周りに許容されない中で、本能に抗い、消え去ろうとしている……そこに惹かれたんだ」

「でも、お前は晴子を元気づけて、手術を受けるように説得してくれたんだよな。矛盾していないか?」

「うん、先輩の言う通り……僕は滅茶苦茶に矛盾をした行動をとった。本来なら、彼女の美しさはその死でもって完成されるはずであり、僕はそれを見守りたいと思った。でも……笑う彼女もまた美しかったんだよ。

 だから、僕は本能の赴くままに彼女に近づいて、声をかけたんだ。先輩たちがリーを追って海外に行っている時や、それ以外の時も……気が付けば一人でこっそり彼女に会いに行っていたんだ。死に臨む彼女を美しいと思いながら、同時に絶望の淵から這い上がろうともがく彼女の強さも、また素晴らしかったから。

 もしかしたら、僕は彼女を救うことで、神にでもなったと思いあがっていたのかもしれない。こんな死にたがりが、確かに誰かを救えるという事実に酔っていたのかも……」


 右京の言葉を聞いている中で、一つ確信したことがある。それは、やはり少年は世界に対して絶望しきることができず、何か希望を見出そうとしているということだ。少年には、前に進んでいく誰かを美しいと思える心があるのだから。


 もちろん、この時の右京少年と七柱の創造神アルファルドとでは、すでに考え方も変わっているかもしれない。しかし、アルファルドの宿っていたシンイチのことを思い返すと、少年の本質は変わっていないように思われた。

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