11-48:瓦礫の海の夜 下
「今日は滅茶苦茶に厳しいな……」
「まぁ、いつもは僕のほうが厳しく言われるからね。その仕返しだよ」
「だけど、お前の言う通りかもしれない。俺は……居場所が無くなるのが怖いのかもしれないな。もっと言えば、自分の存在意義が無くなるのが怖いのかも……」
オリジナルがあまりにもしょげた声を出したせいかもしれない、右京は苦笑いを浮かべた。
「まぁ、厳しく言ったけどさ。先輩の気持ちも分からないでもない。さっき言っただろう? 晴子と一緒だって。
先輩が高校卒業の時に絵を描きたかったのは、きっと本心だったんだろうと思うよ。でも、それは他に自分の在り方を知らなかっただけでもあるし、大学に行くっていう規範的なレールの内側の話でもある。
でも、普通の人生設計から大きく逸脱してしまったからこそ、今更普通の暮らしと言うのが考えられない……というのは、致し方ないことだとも思うよ」
「あぁ、そうだな……」
オリジナルが相槌を打ってから、少しの沈黙が訪れた。オリジナルの側が何を言うべきか悩んでおり、右京はそれを待っているという雰囲気だ。そしてややあってから、オリジナルも空へと視線を向けて「なぁ右京」と切り出した。
「こんなことを聞くなんて情けないことこの上ないが……俺はどうすればいいんだと思う?」
「それは、DAPAとの戦いが終わったら、ということでいいのかな?」
「あぁ、そうだ……グロリアがいっぱしになるように見守ってやりたいって気持ちはあるし、絵にチャレンジしたいって気持ちも嘘じゃないんだ。
でも同時に、お前の言っていた通り……俺は普通の生活が出来るか不安なんだとも思う。それで、どうすればいいか……」
「……思うに、そんな難しく考えなくたっていいのさ」
また少年の真意が分からなかったせいだろう、虎は少年の方へと視線を向けた。右京はオリジナルの方を見るわけでなく、変わらず空に浮かぶ月を見ながら話を続ける。
「こんなことを言ったら不謹慎だけれど、戦いは終わらないよ。仮にDAPAを倒し、人智を超えたアンノウンXとやらを各国機関が差し押さえたとして……きっと最初は共同管理だ何だとか協議を進めながら、必ず出し抜こうとする奴らが出てくるのさ。
そうしたら、今度は政府間で覇権を奪い合う動きが出てきて……大戦を繰り返すとまでは言わなくても、きっとまた代理戦争なり、武力衝突が出てくる。そうなれば、アラン・スミスの出番は必ずある」
「それは……」
そこで少年はシニカルな微笑を浮かべながら視線を虎の方へと向けてくる。
「アナタはきっとこう考えている。そんなパワーゲームに巻き込まれるのはもうごめんだと。むしろ、争いのない世の中を作りたい……違うな、争いに巻き込まれてる人が悲しむ様な世の中にはしたくない、そう思ってるんじゃないかい?」
「あぁ、そうだな」
「それなら、アナタはそのために戦い続ければ良い。誰かに操られる人形ではなく、誰かを殺める暗殺者としてではなく、アナタはアナタの意志で、誰かのために戦い続ければいい。その上で、空いた時間には絵を描けばいい……戦士にだって余暇は必要だからね。そうやってゆっくり自分の才能を試していけばいいのさ」
そこまで言って、少年は再び空を見上げた。一方、虎は瓦礫の海に佇む少年をじっと見つめていた。
「……右京、今更だが、お前は凄い奴だな」
今の言葉には、色々な意味が込められているに違いない。右京は一度オリジナルの情緒をぐちゃぐちゃにして見せたが、それもアラン・スミスの思考を整理するのに必要な流れだったのだ。
実際、少年の言葉は自分の胸にすら響くものがあった――殺し屋がのうのうと生きることを認めない者もいるかもしれないが、死んだところで贖える罪がある訳でもない。そう言う意味では、原初の虎が出来る本当の贖罪は、生きて誰かのために走り続けることなのだろう。
その上で、絵のことだって諦めたいわけではない。もちろん、自己表現など人生を賭して認められるか否かの世界であり、他のことをしながらなど甘いかもしれないが――それでもゆっくりと続けられたら掴めるチャンスもあるかもしれない。
つまるところ、右京の意見はアラン・スミスの迷いを吹き飛ばすものであったのだ。だからオリジナルは右京を凄いと形容したのだし――言われた少年の方も、少しはにかんだ表情を浮かべながらこちらを見つめてきた。
「お褒めに預かり恐縮だね……少しすっきりしたかい?」
「あぁ、少しどころか大分すっきりしたよ。情けない話だが、余暇に絵を描くってところが一番響いたかもしれないな。自分の才能をゆっくり試すチャンスがあるわけだし」
「はは、現金だね……でも、良いんじゃないかな。今日日、創作一本で食べてる人だってそこまで多い訳じゃないんだ。色んな可能性を模索する権利は先輩にだってあるはずだよ」
視線の主は首を云々と上下に揺らして後、しばし空を見ながら考えに耽っていたようだ。恐らく、未来のことを改めて考え直していたに違いないが――同時に迷いを吹き飛ばしてくれた少年のことが気になったのだろう、再び右京の方へと視線を戻した。




