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11-43:絶望の克服 下

「おかげさまで、最近はきちんと食事を摂るようになりまして……やはり食べると変わりますね。栄養補給という観点から言えば、点滴やサプリでも問題なくても、食事をすると生きようという活力が沸いてくると言いますか」

「晴子、生きる気になったって……それじゃあ?」

「ふふ、今にして思えば死にたーいみたいに、随分恥ずかしいことを言ってしまっていたけれど……えぇ、手術を受けてみようと思うわ」

「やったぁ! べスター、今の聞いた!?」


 グロリアはベッドに身を乗り出したまま後ろへと振り返って、べスターに対して満面の笑みを見せた。晴子の方も、少し恥ずかしそうに微笑みを浮かべている――きっとこんなに喜んでくれる人がいるというのが、嬉しくもありつつ気恥ずかしい部分もあったのだろう。


 男はグロリアに対して「あぁ、聞いているよ」と頷き、次いで晴子の方へ視線を向けた。


「晴子さん、良く決断してくれました。それでは、早速手配をしないと……」

「いいえ、もう手配は済んでいます。右京さんが手続きをしてくれました」


 今日はいないようですけれど、と晴子は少々寂し気に続けた。


 右京が手続きをしてくれていたというのは、恐らくオリジナルたちが海を渡っていた時に話が進んでいたのだろう。そうなれば、きっと晴子が手術を受けようという決断をしたのは右京の何かしらの説得があったからに違いない。


 とはいえ、アイツがどのような言葉を晴子にかけたのかは分からないし、むしろ何も言わないような気すらする――そうなると、もしかすると晴子自身が何かを想い、決断をしたのかもしれない。


「そうだったのですか? 右京からは聞かされてなかったもので……」

「私が言わないようにお願いしていたんです。お世話になったお二人には、キチンと自分の口から言いたいと思って」

「……オレは何もしていませんよ」


 男は自嘲的な色を含んだ小さな声で返答をした。それを聞いた晴子はゆっくりと首を横に振り、落ち着いた様子で男の方をじっと見つめてきた。


「そんなことありません。もちろん、グロリアや右京さんと色々話して生きる活力が沸いてきた部分も大きいですが……アナタのような大人が世間に居ることを知れたことも、私が前を向くきっかけになったんです。

 若い世代を見守って、背中を押してくれる優しい大人の人も居るんだって……社会に出ても絶望だけじゃないんだって、そんな風に思わせてくれたから」

「そんな……オレはそんな男じゃ……」


 男はそこで一度言葉を切って――何か思いついたのだろう、下がっていた視線を戻して病床の少女を見つめ返す。


「もしアナタからそういう風に見えていたのなら、それはきっとお節介な友人のおかげでしょう。そいつのおかげで、自分も大分変わったように思いますから」

「あら、素敵なご友人がいるんですね」

「えぇ。一緒に居ると手を煩わされることも多いですがね。ただ、そいつを見ていると……自分も何かをしなければと、そう思わせてくれるんです」


 一緒に居ると手を煩わされるという皮肉から、この時べスターが脳裏に思い浮かべていた相手も何となく想像がつく。普通に感謝すればいいのに、一言余計なことを言わないと喋れないのは、この男の良くない点であろう。


 とはいえ、それを聞いている自分も悪い気はしなかった。正確にはクローンである自分のことではないはずなのだが、それでも――アラン・スミスという男が誰かに何か影響を与えたという事実は喜ばしいことであると思う。


 同時に、先ほどの晴子の言葉も良かった。べスターを上手くフォローしてくれたこともそうなのだが――自分が彼女の言葉に感動したのは、晴子の心が世相と反対側を行っていたからだ。


 伊藤晴子は絶望に傾倒していた心を反転させて見せた。その事実が嬉しかったのかもしれない――それが進化の袋小路にいる人々を、良い方へと導く糸口なように思えたから。


 それは、べスターのような誠実な大人に出会ったことや、グロリアのような優しい心に触れたからかもしれない。もしくは、この場に居ない少年に惹かれたのがきっかけだったのかもしれない。


 そのいずれか一つが要因ではなく、もしかしたら複合的なモノだったかもしれないが――これがはるか遠い過去のことであったとしても、心身ともに死の淵に居た妹が再び前を向けたのは喜ばしいことだった。


「それで、手術はいつになるんですか?」

「二週間後です。正確には、ひと月前から予定を淹れていたのですが……義足ではなく再生手術で、現在は私の遺伝子から移植用の足を培養するのにそれだけ時間がかかるみたいです。

 以前なら体力もなかったので危険性も高かったようですが、今ならそこまで不安もないとお医者様からは言われています」

「そうでしょうね。まだお若いですし、今のように体力がついていれば、そこまで危険性も無いはずです」

「えぇ。だから少しずつでもしっかり食べて栄養をつけておかないと……でも、今度は太らないように注意しないといけませんね。何せまだ運動は出来ませんから」


 晴子の自虐に対して、グロリアは苦笑いを浮かべている。恐らくべスターも同じような表情をしているに違いない――生気を取り戻したと言っても、まだまだ不健康とも言える細さでそう言われても、笑うに笑えないだろう。


 とはいえ、肝心の晴子は楽しそうにしているし、冗談を――あまりセンスは良くないが――言えるようになったのは大きな前進と言えるに違いなかった。

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