11-42:絶望の克服 中
「でも、この前だって私は上手くアランをサポートして見せたわ」
「それは否定しないが、アレは例外的な処置で、戦闘行動を取るとなれば話は別だ」
「でもでも……後から来た新参者が、精神を一つになんてできるものかしら?」
「プロなんだ、できるように適応するさ」
「でも、でも……」
グロリアが色々と口実を言葉にしても、べスターは素気無く切り捨てていってしまう。そのせいか、不機嫌そうだった少女の表情は、最終的には泣きそうなものへと変わってしまう。
それに対し、流石に冷たくしすぎたと反省したのか、べスターは椅子を回して立ったままの少女の方へと向き直った。
「お前の気持ちも分からないでもない。しかし、お前はアランにおかえりという大切な仕事があるだろう?」
「……聞いてたのね、趣味が悪いんじゃない?」
「人聞きが悪いな。オレが声を掛けに言った時にお前たちが勝手に話していただけだ。それに、他に色々と理由もある。全員が前線に出たら、戦局全体を把握してフロントをサポートする役目が出来るものが居なくなる」
「そんなの、右京がやればいいじゃない」
「他にも、お前の縁故者と戦うことだって想定される。そうでなくたって、お前に人殺しをさせるような真似はさせられない……子ども扱いして悪いとも思うがな、しかしこればかりは譲らないぞ」
そう言う男の語気は静かであるものの、反論の余地は許さないという確固たる意志が籠っていた。グロリアは何も言い返せなくなってしまったようで――同時に納得もしていないのだろう、俯きながら裾を握って黙り込んでいる。
その沈黙は十秒ほど続いたか、ひとまず男は椅子を回して作業に戻りつつ、モニターに反射して少女の方をしばらく見つめ――ずっとしょぼくれているのが気の毒になってきたのだろう、「ところで」と声を上げた。
「オレに何か用があって来たんじゃないのか?」
「あぁ、そうだった……アナタ、今日は晴子の見舞に行く日だって忘れていたでしょう? そんな目の下にクマを作ってたら、晴子に心配されちゃうわよ」
そこで男は初めて、少女と同様に映っていた自分の顔を見たようだ。モニターの照り返しなのでハッキリとは映っていないものの、確かにその表情はどこか――ある意味ではいつも通りだが、今日はいつにも増して――疲れて見える。
「時間までまだ少しあるな……少し待っていてくれ、シャワーを浴びてくる」
「それを想定して早めに声を掛けに来たのよ」
「さすが、サポートは万全だな」
そう言いながら立ち上がって少女の方を一瞥すると、サポートという言葉を強調したせいか、グロリアはまた不機嫌そうに頬を膨らませていたのだった。
ブラウン管の画面が切り替わると、何度か見た病室が映し出された。しかし、病床の少女は大分雰囲気が変わったように見える。幾重にも繋がれていた点滴は無くなっており、髪も綺麗に整えられ、土気色だった顔にも生気を取り戻しているようであった。
「晴子さん、大分見違えましたね」
べスターがそう声を掛けると、晴子は意地悪気に笑い――その一筋縄でいかない様相は、確かに自分が海の底で出会った女神の様相に近づいてきているようであった。
「そういうべスターさんの方は、まるで墓から抜け出してきた、みたいな顔をしてますけれど?」
「そうなのよ。べスターったら、最近忙しくてあまり寝れてないの……別に遊びまわっているわけじゃないのよ?」
「あら、そうなの? すいません生意気を言って……」
グロリアの言葉を聞き、晴子はべスターの方に向き直って姿勢よく頭を下げた。こう見ると、晴子は育ちが良いんだなと感じる――いや、オリジナルも同じ家庭で育ったのだから、ある意味では自分も育ちが良いということになるのか。
しかし、先ほど険悪な雰囲気になったグロリアが、べスターの名誉のためにフォローをしてくれたというのは意外だった。いや、そんなこともないか――彼女だってべスターやオリジナルの気持ちは痛いほど分かっているのだろう。
飛行能力とパイロキネシスという戦闘向けの力を持っているが故――実際、頼りになった訳だが――戦闘に参加しようという意志を抱いただけで、グロリアは人を慮るだけの思慮深さも持ち合わせているのだから。
自分がそんな風に考えていると、ブラウン管の中で晴子が自分の胸に手を当てながら口を開いた。




