11-39:自死と能動性について 中
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「……これは?」
「アンノウンXに関わる機密の一部です。何とかアクセスでき、それをローカルに保存したものになります……もちろんデータ量的にはその極々一部にはなりますがね」
「内容は分かるか?」
べスターは外套の内ポケットに受け取った端末を差し込み、代わりに煙草を取り出しながら質問した。
「高度に暗号化されているので、全容を理解するには解析が必要でしょう……ただ、こちらでも一部解析できた点から推測するに、ハインラインが言っていた絶望に至る病など、DAPAのテロ活動の目的に関する内容だと推察されます」
「成程。しかし、何故それをオレに?」
「理由は二つ。一つは、ACOの中でも活躍をしている二課と懇意になっておきたいということ。もう一つは、私が個人的にアナタを気に入っているからですよ」
「そいつはどうも……スモーカーをやってて気に入られることは珍しいからな、嬉しいよ」
べスターは煙を海の方へと吐き出しながらそう答えて後、チェンの隣で腕を組んだまま押し黙っている男の方を見た。その男が何者かは雰囲気だけで分かるが――この時のべスターは彼との接点が無かったのだろう、「先日は居なかったな。そちらは?」と質問した。
「えぇ、彼はセイリュウです。セイリュウと言うのも……」
「お前の祖国の神話から取っているんだよな?」
「勉強熱心ですねぇ。関心関心」
答えるのはチェンばかりで、当人の話をしているというのにセイリュウことホークウィンドは押し黙ったままだ。とはいえ、友好の証を見せようとしているのだろう、べスターの方へとおもむろに近づいてきて巨大な手を差し出し、べスターもその手を握り返した。
惑星レムにおいては魔族の体を借りていたホークウィンドだが、その体躯の巨大さは本来の元とかなり近い。丸太のように太い二の腕に二メートルほどの高身長であり、背広を着こんではいるものの、こんな規格に合うものとなればオーダーメイドに――それも結構上品だ――違いない。
違う点といえばやはり顔か。当然のように爬虫類のような眼でなく、猛禽類のような鋭い瞳でべスターを見つめており、口布もなく口元も顕わになっているのだが、歳を現す様にほうれい線が刻まれており、髭は綺麗に反り落とされている。
言葉の代わりに手を握ることで友好の証を示すと、ホークウィンドは会釈をして再びチェンの後ろへと戻った。二人とも高身長なのだが、それでもホークウィンドの方が文字通りに頭一つ抜けているため、平均的な身長のべスターは自然と男たちの方を見上げる形になる。
「ところで、謎の奇病が各所で発症しているケースは聞いていますか?」
「あぁ、一応上から情報は降りてきている……それが絶望から来る病なのか?」
「その可能性は考慮すべきかと思いますね。ウイルス性など外部要因であれば精神状態が身体に変調をきたすというのは少々突飛な感じがしますが、内部的な要因であればメンタルの状況も無視できません。我々は人体について多くを知った気になっていますが、まだまだ未知の領域はある……今回はそれが顕在化したという可能性もあります」
「言いたいことは分かるが……もし絶望から身体が硬化してしまうのであるならば、人類史上の中に必ずそういったケースがあって記録が残るはずだ。それこそ、自殺するほど追い詰められていた人間であれば、今回の奇病を発症してもおかしくはないんじゃないか?」
べスターの疑問はもっともなモノだっただろう。それに対し、チェンはどこか遠い目で海を見つめながら口を開く。
「これはあくまでも私の意見であり、脱線にもなりますが……今回の奇病とDAPAの目指す社会の在り方は、絶望と共通点こそあるものの、人々の捉え方はある意味では真逆のように思います。
自死と言うのはある意味では能動的な行為です。生と死という究極の二元論の中で死を選択し、それを実行するというのは、強い意志が無ければ実行できませんから。
対して、今回の奇病を発症している者の共通点は、むしろそのような決断力を持たない……いいえ、持つ必要のない者たちであったように思います」
「共通点? 発症者にはとくに共通項は見いだせないというのが上の見解だったはずだが」
「逆ですよ。共通項を見いだせないという共通点があるじゃないですか」
チェンの言うことは屁理屈のようではあるものの、単純にべスターの揚げ足を取りたいわけでないはずだ。その明晰な頭脳でもって、ある程度の仮説を持っているからこそ到達した答えがある――その切り口は抽象度が高いものだが、ここからは具体的に説明してくれるだろう。




