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11-38:自死と能動性について 上

「それで地上に戻ってからは、オリジナルがグロリアを抱えながら走って合流することができたんだ。そして……リーゼロッテの願いが叶えられることはなかった」


 画面外のべスターが、ブラウン管を見ながらそう呟いた。自分も改めてブラウン管に視線を向けると、煙草を吸ったせいで車内が臭いだの文句を垂れつつ、オリジナルの調整を始めているグロリアが映し出されている。


「これがオリジナルとリーゼロッテの最後の戦闘だったってことか?」

「あぁ、そうだ。この後ハインラインも極東に戻ったが、恐らくはキーツと対タイガーマスクの武器調整をしていたんだろうな。

 磁力を使う発想は悪くなかったが、如何せんデカい磁石を常時持ち運ぶわけにもいかないし、コイルを使えばさっきみたいな事故が想定される。そして、作られたのが……」

「虎の檻……重力発生装置、宝剣ヘカトグラムだった訳か」

「あぁ、だが宝剣が原初の虎と相まみえることは無かった。しかし、改めて記憶を見返すと……リーゼロッテはお前のことを案じていたんだな」

「俺じゃなくてオリジナルだ。しかし同時に、自らの手でオリジナルを止められなかったからこそ、変にこじれちまったのかもしれないな」

「その怒りの矛先は、同じ虎の面を被ったオレに向けられたわけだが……まぁ、オレがパワードスーツの着想を得たのもこの戦いがきっかけだったんだが。

 それだけでなく、この件……ジム・リー暗殺の後から、事態がまた徐々に変わり始めたんだ」


 男が煙草の火種でブラウン管を示すと、また画面が矢継ぎ早に入れ替わり始めた。ジム・リー暗殺は世間的には撮影中の事故として扱われた。テロ活動を撮影しようとしたところをビル風に煽られて転落死という風に報道されたようだ。


 本来なら白昼の出来事であり、衛星写真に虎の姿も映し出されていただろう。右京がいかに優れたハッカーだとしても、その映像の全てを改竄できるわけではない――しかしデイビット・クラークは敢えて、虎の存在を世間に伏せたのだ。


 それはある一定の成果をDAPA側にもたらした。テロリズムを追うインフルエンサーが現場で急死したという事実は、大衆の想像力を否が応でも搔き立てる。誰も事故死など信じなかったし、暗殺されたのだろうというのがWEB上でも盛んに議論されたようだ。むしろ報道機関が事実を報じなかったというのが、何者かに圧力を掛けられている証拠という意味深なストーリーに祭り上げられてしまったようだ。


「……結論を言うと、この頃に黄金症が旧世界の人々の中で発症を始めたようだ。惑星レムのそれと比較すれば、進展は緩やかだったがな」


 語り口が推量口調なのは、べスター自身が実際に目撃したわけではなく、そう言った報告を受けたからだろう。チェン・ジュンダーの予想としては――かなり後になって、チェンとホークウィンドがモノリスに関する情報をある程度入手したため推論も可能だったらしい――以下のようになる。


 ジム・リーの暗殺以前から社会不安は増大していたものの、それはあくまでも陰謀論の枠を明確に超えることは無かった。都市部の多くで事故や火災が起こっているのだから、何者かによるテロ活動があるのは明白であっても、その正体も根拠もないが故、あくまでも何かしら闇の勢力が存在することは噂の域を出きらなかったのだ。


 ジムが暗殺されたこと自体も、確固たる証拠こそ民衆に提示されていなかった訳だが、配信が停止されたのがあからさまにビル風の影響では無かったこと、そしてタイミングが良すぎたことが民衆の想像力を掻き立てたのだ。


 ついでに、ジムが核心に近かったために殺されたのだとか、真実を報道されないことが何者かにとって都合が悪いことなのだとかいう、見当違いの推測もまことしやかに噂されたのだが、これらも妙な説得力を持って民衆に今回のことを考えさせるきっかけになってしまった。


 何者かは分からないが、世界を混沌に突き落とそうという勢力は存在する。その勢力は恐らく、ジムが語った者たちのうちいずれかだ、人々はそう考えた。しかし、彼が語った内容の実体は、チャンネル登録のために面白おかしく誇張されたものや、DAPAの指示で語られたフィクションであり、テロ勢力の候補としてあげられるのは多岐にわたる。


 彼が勢力として配信内であげたのはDAPAも含むが、その他にも旧政府連合、亡国のスパイ、はたまた自我をもったAIの反乱や天才的なハッカー集団の反旗、民衆の集合的な無意識が引き起こしているなど――多岐にわたるどころか、ある意味では想像しうる全てが候補にあがることになる。


 ジムとしては深い考えはなかったのかもしれないが、彼の語った言説は真実の側面を捉えていたのかもしれない。というのも、テロを計画し実行しているのはDAPAであっても、その社会構造を作り、許容してしまったのは、旧世界における全ての人々が関与しているからだ。


 人々は犯人探しには熱心だが、犯人と自分で戦うようなことはしなかった。ただ、なんとなく「明日死ぬかもしれない」という不安と、本来なら自分を守ってくれるはずの警察や軍すら敵かもしれないという恐怖の中、しかし不自由なく生きていけるという温床の上で、世界が終わりに向かって突き進んでいるという事実に精神を蝕まれていったのだ。


 情報化社会によって人々は容易にネットを通して繋がれるようになったのに、その結果が社会的な無責任を助長し、精神的な孤独を助長したのは全く皮肉な話だが――ともかく、熱心なリーの信者の中でも、とくに繊細な幾人かの者から絶望の病に呑まれ始めたのは確かなようだ。


 黄金症に関しては、しばらくの間は――少なくともデイビット・クラークが存命の内は――世間に公表されることは無かった。というのも、恐らくこの情報の使い方にクラークが慎重だったせいだろう。謎の疫病が流行し始めたとなれば社会不安を更に増大させることは出来るが、その進行ペースがあまりにも急激な可能性があるのを嫌ったのだろう。チェンによれば、具体的に高次元存在を降ろす準備と進化の抑制は同時進行されており、この時に一気に黄金症を爆発させる訳にはいかなかったと予測していたようだ。


 べスターからの諸事情の共有が終わり、ブラウン管に視線を戻すと、様々な推論を立てていた張本人たる糸目の男が何かを差し出している画面が映し出されていた。

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