11-37:在りし日の武神 下
「逃げてばかりじゃ好機を掴めないわよ!」
「うるせぇ! 言っただろう、我慢比べだって……そういうお前こそ慌ててるんじゃないのか!?」
オリジナルの言葉の通り、確かにリーゼロッテに焦りが見える。何よりの証拠に、フルで稼働していたガントレットはかなりの高温になっているようで、あたりに蒸気をまき散らしている。
「そういうアナタの方こそ、もう限界なんじゃないの!?」
「試してみるか!?」
「望むところよ!」
売り言葉に買い言葉、リーゼロッテは意を決してガントレットを起動したようだ。実際、クローンの自分の体感としても、恐らくオリジナルの神経は限界に近い――いや、すでに限界を超えているという方が正しいだろう。
要するに、アラン・スミスはやせ我慢をしているだけだ。とはいえ、それは意地でもある――フレデリック・キーツの発明を上回ろうという、同時に仲間の元へと帰るという意地が、虎の精神を支えているのだ。
意地の張り合いで言えば、リーゼロッテ・ハインラインも中々に我慢強く抵抗しているだろうが――彼女自身では機械の限界まではコントロールできなかったのだろう、ガントレットの周囲に稲妻が走り、狼は強大な力に呑み込まれそうになり、苦痛に顔を歪め始めた。
「この時を待っていたんだ!!」
虎は磁力に引かれるまま前進し、暴走するガントレットのコイルに向けて先端の無くなったブレードを押し込んだ。その結果、辺りに渦巻いていた磁場は収束した。恐らく内側に安全装置として設計されていたのだろう、女の腕から手甲がパージされ、虎も狼も地面に落ちた超電磁コイルから距離を離し――直後、二人が激突した地点に爆発が生じた。
アラン・スミスはその爆発を見送ると、反対方面に跳んだはずの女の方へと視線を向けた。屋上の強風ですぐに煙が晴れると、そこにはレーザーブレードを右手に持ち、左手にコンバットナイフを握って構える女の姿があった。
「流石に音速の相手をヴォルテクス・ソー無しに対処するには厳しいでしょうけれど……まだ終わったわけではないわ。さぁ、続きをしましょう」
「……何度でも言う、お前は俺のターゲットじゃないんだ」
「ふざけないで! 私を見なさい、タイガーマスク!」
激怒する女を無視し、アラン・スミスは周囲の空を眺め始めた。先ほどまでの激戦で聞こえていなかったが、どうやら磁場が晴れたことで無人ヘリが一気に近づいてきたようで、ブレードの周るけたたましい音と共に虎の視界の中に何隻かのヘリが映しだされた。
しかし、虎が探しているのはそれではないはず――先ほどの通信はオリジナルも聞いていたはずであり、彼は空飛ぶ鉄の箱でなく、恐らく鳥の気配を手繰っているのだ。
「ふっ……まぁいい、十分に時間は稼いだわ。もはやアナタは袋の鼠よ」
「……時間稼ぎをしてたのは、お前だけじゃないんだぜ」
オリジナルは女に背を向けて、東の方へと振り返った。そこには武装ヘリが一機浮かんでおり、虎の方に銃口を向けているのがべスターの見つめるモニターに映し出された。
「タイガーマスク、三時の方角へ!」
「分かってる! マチルダ、あのヘリを飛び越えたところでランデブーだ!」
叫び声が聞こえたのと同時に、いつものようなソニックブームの音が鳴り響き――モニターには一杯の青空が映し出された。恐らく、オリジナルは加速してビルの端から跳躍し、ヘリコプターのプロペラの中心を踏みつけて飛び越したのだ。
そしてオリジナルが下を向くと、炎の翼が急上昇してきており――落下が始まる前にグロリアが虎の手を取ったおかげで、二人は中空に制止する形になった。
「……グロリア!? どうしてこんなところに!?」
リーゼロッテから驚愕の声が上がったのに対し、グロリアは女の方へと思いっきり舌を突き出して見せた。そしてすぐに「ケイス!」と叫ぶと、周囲の武装ヘリ同士が同士うちを始めた。
「くっ……アナタを止めるのは私よ! 再び対峙するその時までに、他の誰かにやられたら許さないんだから!」
ヘリコプターの向こうで叫ぶリーゼロッテの様相を確認してから、グロリアはオリジナルをぶら下げてビルから急速に遠ざかり始める。オリジナルは追撃の手がないか確認しているようで、宙ぶらりんになりながら周囲を見回す。そしてある程度の安全が確保できたということなのだろう、上を見上げて安堵のため息を吐いた。
「ふぅ……来てくれてありがとう、助かった」
「どういたしまして。それで、このまま飛んでいく?」
「いや、前みたいに降りて行った方が良いだろう。適当な路地の近くに降りてくれ」
「えぇ、了解よ……しかしボロボロね、サンタさん」
「そうだな……戻ったら調整の方もしてくれると助かる」
「ふふ、仕方ないわね。まったく、私がいないと駄目なんだから!」
虎を見下ろす少女は、そう言いながら温かい微笑みを返してくれたのだった。




