11-33:雷神の手甲 中
「先輩、ゆっくり会話をしている暇は無いようだよ……無人ヘリがそっちに向かっている。アナタを取り囲む気だ」
「ちっ……狙いは時間稼ぎか」
虎が悪態をつくと、リーゼロッテは目を細めながら笑い、改めてブレードを振り回して先端をオリジナルへと向けてきた。
「気付いたようね……だけど、時間稼ぎと言うのは私としては不正解。正解は、アナタが本気になるように舞台を整えているだけ……さぁ構えなさい、タイガーマスク。今日こそ年貢の納め時よ。この先にあるのは、アナタの敗北か、私の敗北か……どちらしかない」
「……テメェの言うことを聞いてやるほど、俺も素直じゃないんでね!」
ADAMsを起動して建物の中に戻って離脱するつもりだったのだろう、アラン・スミスは敵に背を向けて扉の方を見た。実際、建物が既にDAPAの手の者たちに囲まれていることを想定すればベストな手段とは言えないだろうが、一旦リーゼロッテを巻くには良い策だっただろう。
「逃がさないわ……雷神の手甲【ヴォルテクス・ソー】!」
オリジナルがADAMsを起動しようとした瞬間とほぼ同時に、リーゼロッテの凛とした声が響き渡った。一瞬だけ音速の壁を超える破裂音がしたものの、しかしいつものように映像が一気に切り替わるようなことは無く――むしろ虎は徐々に退路である扉の方から遠ざかっているようだった。
「ぐっ……なんだ、引き寄せられる!?」
そこでオリジナルが振り返ると、リーゼロッテ・ハインラインは左腕の巨大なガントレットを掲げていた。その中央では何かが巨大なモーター音を立てて周っており、その周囲の景色が歪んでいるように見える。
ADAMsによる加速を使っても、何とか距離を保つのに手いっぱいという調子であり――その映像を見て、車内のべスターはすぐに手元のパソコンで解析を始めたようだ。パソコンのモニターには虎のアイカメラの画像が映り、様々な数字や文字がずらっと並びだす。
「どうやら、あの左腕のデカいガントレットが電導コイルの役割をしているようだ。アレに強力な電力を流し、磁力を発生させているんだ……お前の機械仕掛けの身体じゃ、発生している磁力を完全に振り切るのは不可能だな」
「それじゃあアイツを振り切るには、ガントレットを破壊するしかないってことか!?」
「もしくは、使い手を仕留めるかだが……お前がどちらを選ぶかは聞くまでもないな」
虎と科学者の会話が終わったタイミングで、リーゼロッテはガントレットの機構を一度停止させた。恐らくだが、アレはかなりエネルギーを食うはず――ADAMsにも一度の加速による制限時間があるが、あの機構にも流石に使いっぱなしというわけにはいかないのだろう。
「これで分かったでしょう? 今日こそ年貢の納め時と言った意味が……さぁ、覚悟なさい」
「くそ、重たい女だな!」
「そういうアナタは失礼な男ね!」
アラン・スミスの罵倒を皮切りに、リーゼロッテ・ハインラインは一気に前進してブレードで切りつけてきた。オリジナルの持つ高周波ブレードが如何に耐熱性に優れていると言っても、数千度の熱量で振りだされるレーザーブレードを受け止めることはできないだろう。それ故、アラン・スミスは相手の剣戟を受け止めることはできず、斬撃を躱すので手一杯のようだ。
とはいえ、オリジナルの対処能力も高い。相手の身体の動きをよく観察しており、徐々にパワードスーツのスピード感にも慣れていっているようだ。一度見た相手の動きは覚え、相手の予想を凌駕する反撃を繰り出す――これが原初の虎の戦い方。
しかし、それが同等の闘争本能を持つ相手の場合は、話はそう簡単ではない。徐々に対応してきていたはずのオリジナルの動きに対して、リーゼロッテも同様に虎を観察し、相手の動きを更に上回ろうとしてきている。
戦いの中における対処能力と成長速度が同等であるのならば、戦闘に入った時の地力が勝っているほうが有利だ。ADAMsを使ったトリッキーな動きが上乗せできれば五分以上に持っていけるのだろうが――。
「……くそっ!」
オリジナルも自分と同じように考えたのだろう、相手の大振りを後ろに跳んで躱して着地したのに合わせ、ADAMsを起動したようだ。恐らく、磁力に身を任せて突っ込み、相手のガントレットを破壊しようという算段なのだろう。
しかし、その動きはリーゼロッテ・ハインラインには読まれている。移動先が完全に読み切られていたので、薙がれたレーザーで高周波ブレードのうち一本の刀身が消失することになった。




