11-32:雷神の手甲 上
「こんな所でアナタと対峙することになるとはね……」
レーザーブレードの先端を突きつけて微笑むリーゼロッテは、普段のスーツ姿とは全く違う装いだった。体のラインの分かるぴっちりとしたボディスーツに、胸部など局部を守るためのプロテクターが所々ついているのだが――何より印象的なのは機械的なグローブだろう。右手の物は比較的シンプルな構造に見えるが、何やら左腕の物は巨大であり、何かしらの機構を積んでいるのは想像に難くない。
「気をつけろタイガーマスク。ハインラインはパワードスーツを身に着けているようだ」
「あのエグい角度のハイレグがパワードスーツだと? 冗談キツイぜ」
確かにリーゼロッテは鼠径部をかなり露出させており、普通なら目のやり場に困るほどだろう。実際、べスターの隣に座るグロリアなど顔を赤らめながら「そんなにじろじろ見てるんじゃないわよ!」と言いながら――オリジナルのアイカメラが共有されているというのは、それだけ凝視しているという証拠だ――視線を泳がせているほどだ。
とはいえ、相手がリーゼロッテ・ハインラインであるならば、いやらしい気持ちで見つめている余裕などない。実際、女はブレードを振り回し、柄を逆手に持って構えを取っている。
「キーツが私の指示通りに作ってくれたのよ。間接の取り回しが良いように……ね!」
語気を強め、女は一気に接近してくる。ブラウン管の解像度のせいか、虎と狼の素早い動きの詳細は追いきることができない。大雑把に言えば、アラン・スミス側はADMAsをまだ起動していないこと、殴り抜けるように繰り出されたブレードの一撃はしゃがんで躱したこと、そこに対して女が蹴りを放ち、重いサイボーグのボディを軽々と蹴り飛ばしたようだ。
「くっ……確かに凄いパワーだ!」
「当り前よ……アナタの戦闘行動を分析した結果、サイボーグであるアナタの膂力と、超音速の衝撃に対して正面からやり合えるだけの規格のスーツなのだから」
蹴り飛ばされて着地したオリジナルに対し、リーゼロッテは追撃の様子を見せることなく、意外と落ち着いた様子であった。やはりこの頃の彼女は、ヘイムダルで見た時ほど力任せにオリジナルを追い詰めようとしていた訳ではないように見える――剣を構えたままではあるものの、女はどこか憐れむ様な目線をオリジナルに向けているのだから。
「随分としょぼくれていたようね。ジム・リーに対して思うところがあったのかしら?」
「最初は禄でもないやつだと思って、今回ばかりはアイツを殺すのも躊躇は無いと思ったが……結局、アイツも悪い奴に利用されているだけの犠牲者だったからな」
「だけど、彼は自分で利用される道を選んだ。そういう意味では、自己責任なんじゃないかしら?」
「なんでも自己責任で片づけるのは簡単さ。それほどまでにアイツが歪んだのは、この世界の在り方にだって原因はあるんだ。お前のボスが創り出している世界が、ジム・リーという化け物を産んだんだよ」
オリジナルの言葉に対してリーゼロッテは皮肉気に笑いながら首を横に振った。
「やっぱり気に入らないわ。兵士は世の中の在り方を嘆いたりする必要はない……ただ、目の前の任務に忠実でさえあればいい」
「お前の忠義はなんだ、金か?」
「えぇ、そうよ。傭兵とはそういうものだもの。主義も思想も理想も無い、より好条件で、より安全な雇い主の下で働く……ま、アナタのような猛獣を相手にするのは安全ではないけれど、これは単純に私のこだわりね」
話を続けるリーゼロッテはどこか自嘲気味だった。彼女の言葉と表情からは、かなり複雑な精神状態が読み取れるようにも思う。金のためというのも――もちろん、全てではないだろうが――嘘だろうし、安全な雇い主の元で働こうというのも恐らく嘘だ。かといってDAPAに対して忠誠心がある訳でもない。強いて言えば、彼女は傭兵のあるべきセオリーと自身の本心との齟齬を、自らを嘲ることで納得させている、そんな風に見える。
どこか放心状態にも見える彼女ではあるが、その所作には隙が無い。虎を貫く眼光は、その一挙一動を見逃すまいと釘のように注がれてきている。ブラウン管を挟んでいる自分ですら固唾を飲むほどの気迫なのだから、実際に対峙しているアラン・スミスの緊張は極限に近いものだろう。
そんな緊張感の中、少年の声がスピーカーから聞こえ始めた。




