11-31:とある配信者の末路 下
「そいつの話を聞く必要はない。早くトドメを刺せ」
「……そうだな。ヴィクター、カメラを」
カメラが切れる直前、虎は高周波ブレードを仕舞い、投擲用ナイフを腰から抜き出したようだった。そしてべスターがモニターの隣にあるスイッチを押すと画面が暗転し、高層ビルに渦巻く強烈な風の音と、男の声だけがスピーカーから聞こえ始めた。
「しかし、なんで爆弾の場所がバレたんだ? そうか、オレはもう用済みってこと……」
男の声はそこで途切れ、少ししてからべスターは再びカメラのスイッチを入れた。アイカメラ内には既にジムは映されておらず、代わりに屋上への出入り口部分で腰を抜かしている一人の女の姿を捉えていた。
「ひっ……!?」
「……ヴィクター、こいつは?」
アラン・スミスの質問に対しては、べスターよりも右京が応えるのが早かった。
「ローザ・オールディス……ジムと同じようなストリーマーだね。しかも、ジムみたいな業務委託じゃなくてDAPAの一角、アルファの社員だ。社会心理学者の博士号を持っている」
ローザ・オールディスと言えば、セレナという少女に人格を転写していたルーナ神の人格であったはずだ。オリジナルとの接点については聞かされていなかったが、こうやって対峙したこともあったのか。
しかし、今の彼女は自分の知る傲慢で陰湿なルーナとは大分違う印象を受ける。分厚い眼鏡をかけて、顔にはそばかすも多く、どちらかと言えば野暮ったい雰囲気であり――神経質そうで生真面目そうで、ストリーマーというようなキラキラした職業というイメージではなかった。
「ストリーマー……の割には地味な奴だな。しかし、どうしてコイツはここに居るんだ?」
「そこまでは僕には分からないけれど……予測で言えば、影響力のあるジムの撮影の様子を見て参考にしようとしてたんじゃないかな? どうにもマーケティング理論が先行して、それっぽくしているだけで、チャンネルもあまり人気が無かったようだし」
確かに、ジム・リーには良い意味でも悪い意味でも、人を引き付ける何かがあったのかもしれない。歪んだ承認欲求の慣れの果てと言えばそれまでかもしれないが、それが狂気にまで昇華されればある種のカリスマを帯びる。
オリジナルも一瞬、ジム・リーの気迫には呑まれたほどだ。そう考えれば、彼のチャンネルが人気を博したのは必然だったのかもしれない。それが、本来は評価されたい部分でないところで開花したのは全くの皮肉であるという点を除けばだが。
同時に、その狂気を見て学び、トレースするなどできはしないだろうが――かつてのローザ・オールディスは真面目な研究者気質であったとは聞いている。そうなれば、ジムの狂気を言語化しようという涙ぐましい努力のために、彼女はここで虎に睨まれて振るえているのかもしれない。
「……行けよ。俺のターゲットはお前じゃない」
「ひ、ひぃぃ……!」
女は四つん這いのまま、文字通りの這う這うの体で屋内へと戻っていった。対するタイガーマスクは、屋上のある一点を見ないように周囲を見回し――恐らく脱出経路を探しているのだろう、確かに入口から出ても第五世代に囲まれる危険や、そもそもDAPAにエレベーターを止められて閉じ込められる危険性もある。
しかし、ジム・リーが選んだ高層ビルは他の建物から孤立しており、乗り移りながらの脱出も難しそうだった。
「さてと、ここからどう帰還したものか……!?」
虎は何かの気配に勘づいたのか、急に身体を捻って横へと飛んだ。すると、先ほどまでオリジナルが立っていた場所に、漆黒の電撃のようなものが走り去っていく――自分から視れば、今のは恐らく何かしらの魔術だろうというのは予測はつくが、この時のオリジナルたちは魔術に関する情報は無いはずだ。そうなると、全く未知の攻撃がどこかから発射されたように感じられたことだろう。
「今のはなんだ!?」
「……先輩、上からも来ている!」
「何!?」
先ほどの電撃に気配を察知するのが遅れたのか、右京の声を聞いてから虎は視線をあげた。すると、上空を何かが横切り――恐らくジェット機だが、その割には低高度を突き抜け、そこから何かが落下してくるのが見えた。
それは空を割いて飛ぶ一発の弾丸のようだった。次第に近づいてくると、飛来物はカプセルのような形であると分かり――そしてそれが中空で真っ二つに割れたかと思うと、中から黒いシルエットが虎を目掛けて飛びだしてきた。
オリジナルはその襲撃を再び横へ飛んで躱すと、今度は先ほどまで立って居場所に赤い流線が走り――屋上のアスファルトがいとも簡単に切り裂かれるのと同時に、襲撃者が乗り捨てた鉄の箱が激突して轟音を響かせた。
「くっ……この無茶苦茶な感じ、まさか……!?」
「……今日こそ決着をつけるわよ、タイガーマスク!」
声のしたほうへと視線を向けると、そこにはレーザーブレードを構えながら攻撃的な笑みを浮かべるリーゼロッテ・ハインラインの姿があった。




