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11-30:とある配信者の末路 上

「スポンサーの意向だったんだ。好きでやってたわけじゃない」

「つまり、金のために悪趣味な中継を繰り返してたってことだな?」

「いいや、金のためじゃない」

「それじゃあ、自らの意志でテロ現場を撮影していたってことになる。爆弾があるって知っていたのなら、実況なんてやらずに通報をするべきだ」

「くそっ……お前にオレの気持ちが分かるかよ!?」


 先ほどまでの神妙な様子はどこへやら、ジムは眼を見開きながら感情を剥き出しにし始めた。


「オレだって最初の頃は、真面目に動画作りをしていたさ……でも、どれだけやっても全然見向きもされない! たまたま、アパートの近くで起こったテロの現場を中継したら、初めてバズって……。

 それから現場の中継や、陰謀論を面白おかしく解説し始めたらチャンネル登録者はうなぎ上り、気が付いたらテロを実行している連中がスポンサーになって、もっと過激なヤツをやれって言い始めたんだ」

「やっぱり、金のためじゃないのか?」

「違う……オレは、オレの作品を一人でも多くの人に見て欲しかったんだ。気が付けば、全然自分のやりたいことじゃなくなってたけどな」


 男はどこか虚ろな目で、西海岸の晴れ渡った空と海の稜線を眺め始めた。


「大衆はバカばっかりなんだよ。センセーショナルなこと、エログロナンセンス、暴力にしか興味を示さない。それに、陰謀論だとか有名人の恋愛事情だとか、社会の対立構造だとか……どれだけ文明が発達しても、原始的で本能的なことにしか惹かれないんだ。

 大衆に評価されたいなら、そういった原始的な欲求に迎合するしかないんだよ。オレだって、本当ならもっと別のことで評価されたかったさ。こんなクソみたいな世の中で、少しでも楽しんでもらおうと思ってさ、そう思いながら動画投稿を始めたはずだったのによ。

 逆に、どれだけ視聴者を集めても、承認欲求が満たされるのは一瞬だ。その後には、明日には誰にも見向きをされなくなるんじゃないかという、恐怖感が待っているだけだった。

 だから、昨日より今日、もっと過激なことをせざるを得なかった……いつの間にか良心は摩耗し、気が付けばテロ活動をエンタメに仕上げるなんてクソなことをやるのに疑問をもたなくなっていき……」


 何か堰を切ったように溢れだす男の独白に対し、虎はナイフを握る力を弱めてしまったようだ。同情したのか――多分そうではない。この男に自分の姿を重ねたのだろう。絵を描くことで世界に対して挑戦しようとした、同じ表現者として。


 この男の今の言葉は、オリジナルが言う可能性だってあったのだ。自分のこだわりを表現しようとして、世間に認められず、見向きもされず――そして手段を選ばなくなり、誰かに文句を垂れながらも過激なことをやり続ける。そんな未来だってあったのかもしれない。自分がそう思ったのだ、オリジナルも同じように考えていてもおかしくなかった。


「……お前の動機は分かった。だが、それで悪い奴の言うことを聞く理由にはならないな」

「そういうお前は、正義の味方を気取っているつもりか? 暴力で誰かの未来を奪っているくせによ。正論をぶつけてくるなら、その手の血を洗ってからにして欲しいぜ」


 男は胸を逸らしながら虎を見つめ――オリジナルも言い返すことができなかったのだろう、ただ黙ったまま男を見つめ返すだけだ。


「はっ、ダンマリか……そうだ、この世の中なんてクソッタレだ。確かにオレのスポンサーがクソなことに間違いないが、お前を飼いならしている旧政府の亡霊たちも、そしてそいつらの言うことを聞いてその手を血で染めるお前も、世間の無知な連中も……何よりオレも、全員全部がクソッタレなんだよ。

 あぁ、そうだ。この世界に幸せなんかないんだ。あるのは無限の孤独感と、それに苦しむ自己しかない……それなら、いっそ死ぬのも悪くねぇかもしれないな?」


 ジムは自嘲気味に笑いながら手を首元に持っていき、親指をずらして横一文字を作って見せた。この男が今見せている希死念慮は、恐らく衝動的なものだ――だが同時に、恐ろしいほどに本質的なものであるようにも思える。


 本当に死にたいわけではない。それは、肉の器の持つ本能と矛盾するから。しかし彼の魂は、確かに世界に対して――何より自らに対して深い絶望に陥っている。その魂の持つ本能こそが、彼を衝動的な死へと誘っているのだろう。


 そして彼のその絶望が虎を動揺させているようだった。その証拠に、アラン・スミスはナイフを構えたまま動けなくなっており――車内からべスターが「タイガーマスク」と声を掛けて、ようやっと身体に力を取り戻したようだった。

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