11-25:西海岸にて 上
ブラウン管に映っている場所は初めて見る所であり――乗り物の中なのは間違いないが、車とは違った駆動音が聞こえる。そんな中、べスターはノートパソコンを操作し、乗り物のモニターに映る男の顔を指して見せた。
「今回のターゲットはストリーマーにして、有名インフルエンサーであるジム・リーだ」
「ふぅん、有名なんだな」
「あぁ、世界規模で見ればな……とはいえ、有名になったのはここ二年くらいだから、お前が知らないのは無理もないかもしれない。ちなみに、インフルエンサーは好きか?」
「もちろん人によるんだろうが……特別、良い印象は無いな。しかし、殺しのターゲットになる奴なんだ、DAPAの息がかかってるやつなんだろう?」
「あぁ、その通り。とくに急増しているテロ活動や社会不安に関して、その真相を暴くということで人気を博している。言説は一貫しているわけではなく、各国政府が疑う事もあれば、テロは旧大戦の亡霊たちが引き起こしているとも、人格を得たAIの反逆だとも。ともかくその目的は社会不安を煽ることにあるようだな」
「社会不安を煽る、ねぇ……ハインラインがそんなことを言っていたな」
「その件に関しては、潜入工作員からの情報を得てから、各国政府の方でも調査を続けている……まだDAPAの目的を断定こそできないが、少なくともリーに対しては多額の出演料を払い、チャンネルも表示されやすいようアルゴリズムを組んでいるのは間違いないそうだ」
「なるほど、それならきな臭いことだけは確実ってことだな。それで、ターゲットのことは分かったが、そのために不法入国するのは良いのか?」
今のオリジナルの口ぶりから察するに、どうやら海を超えて別の国にまで行こうということらしい。つまり、この乗り物はヘリコプターないしジェット機なのだろう――狭さと乗客の少なさから、少なくとも飛行機であるということはあり得なさそうだ。
「なんだ、入国審査を受けたかったのか?」
「こんな怪しいマスクを被ったやつ、そもそも飛行機にすら乗れないだろうがよ」
「ま、そういうことだな。だから、わざわざ軍用ヘリをチャーターしたんだ。基地間を行き来できるから、入国審査の必要もないしな……それに、本来は法を定める政府が許容しているんだ。超法規的な処置と言うべきだな」
「物は言い様だな……だが、コイツがはるばる海を超えていくことは、DAPA側も気付いてはいるんだろう? それに、ターゲットはDAPAの要人ではない訳だし、第五世代型の護衛も無いんじゃないか?」
「DAPA側に察知されるのは許容するとして、暗殺に虎の嗅覚が必要と判断された理由はある」
べスターが再びパソコンの画面を操作すると動画投稿サイトが開かれ、ジム・リーのチャンネルの一つの動画が再生され始める――街中に黒煙が舞い、爆発音と悲鳴の響く中、チャンネルの主である男が突如として何もない空間から現れ、現場の中継をし始めているのが映し出されている。
「なるほど、第五世代型と同レベルのステルスを与えられているわけだな」
「あぁ、コイツのチャンネルが人気の理由の一つがコレだ。ステルス迷彩を使って現場へ行って、テロ活動が行われている様を中継しているんだ」
「過激なチャンネルとしてバンされろよ、そんなの……なんてのも、運営のお気に入りだから消されない訳か」
「あぁ。運営元は通信を一手に担うDAPAの一角、アルファ社だからな。ともかく、コイツが現れる場所はテロの現場とは推測はできるが、追うのが難しい。そこで、迷彩を見分けられる虎の出番ってわけだ」
「なるほどね……人を殺していい理由にならないというのは変わりないが、コイツを放置しているわけにはいかないのも分かった」
そういうオリジナルの声は低い――自分としても同じ気持ちだった。本来なら避難が第一優先の中、救助活動をする訳でもなく、凄惨な現場をある種のエンタメとして提示しているこの男は禄でもない存在だ。DAPAの息がかかっており、依頼されてやっているとしても、それを許容しているのは間違いなくこの男な訳であり、性根に問題があるのは間違いない。
「しかし、一応は一般人だろう? それを政府関係者が暗殺に乗り出すのも、穏かじゃないと思うがな」
「そこに関しては、リーがDAPAお抱えの最大のインフルエンサーであると言う点がある。チャンネル登録者数は世界規模で五億人、同時接続数も数千万、投稿された動画の再生数は毎度数億から十数億回にのぼる……それが過激な映像を流しているんだ、リーを止めるのは治安維持の一面もあるし、気合を入れてサポートしている扇動者を止めることで、DAPAの狙いをくじく一面もある」
本来なら法的に取り締まるべきだが、DAPAの庇護があるうちはそれもできない。ならば、超法規的な処置が必要になるのも頷ける部分もあるだろう。
そんな風に思っていると、オリジナルは緊迫した空気を和らげ、視線を自らの横に移す――そこには仮面の肩を借りて寝息を立てている少女の姿があった。




