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11-23:近づく二人 上

 晴子の言う通り、この時代における人の仕事の領域は二極化されていた。企画や構想、要件定義などの方向性を定める上流の仕事か、はたまた極度の単純作業や力仕事が人には割り振られていた。


 というのも、AIやアンドロイドは人の生活をサポートする存在であり、自分から目標を生み出すことはしない。もちろん、ある一つのプロジェクトを完成させるために必要なタスクを生み出すことは出来る。しかし、そのプロジェクトそのものが必要だと意思決定するのは人でしかあり得ない。そういう意味では、人工知能単品では上位存在が求める所の「意味を創り出す」ことは出来なかったのだろう。


 一方で、AIやアンドロイドの活動量や作業スピード、効率は人間のそれと比較しても非常に高いモノであり、ある意味では「簡単すぎる作業をやらせるのがもったいない」という逆転現象が生じていたのだ。


 アンドロイドが発達する前は単純作業こそ彼らの役目と思われていたはずなのに、その存在がやはり高価であることから――もちろん、人を五年雇用すればお釣りが来る投資であり、耐用年数から考えれば割りは悪くないはずなのだが――資本力のない中小企業や現場での仕事するのに人の雇用は継続されていたという形だ。オリジナルが事故前に現場の仕事に携わっていたのは、こういった世情を反映してのモノだろう。


「……それなら、べスターの所に居候させちゃうのはどう?」


 唐突にそんな提案を出してきたのはグロリアだった。彼女は懇願するような瞳でべスターの方を仰ぎ見ている。


 たとえばこれがナナコの様にポジティブなタイプが言ったのだったら、妙案だと言わんばかりの元気な声をあげていただろう。しかしグロリアはそう無邪気なタイプではない――無理だと分かっていても、ただそうあったらいいのにという願望を思わず口にしてしまった様に見える。


 もちろん、少女の無理な要求に対して、べスターは首を横に振って応えた。


「お前の気持ちを組んでやりたいのは山々だが、ウチには既に居候が何人もいるからな……」

「あら、そうなんですか?」


 今度は晴子が口を挟んできた。グロリアの言ったことを期待していたのだろう、晴子は無理と言われて目に見えて意気消沈しているようだった。


「えぇ、まぁ色々と事情がありまして……」

「確かに、何となく訳アリって感じですものね。差し出がましいことを聞いて申し訳ありません」


 深々と頭を下げる晴子に対し、べスターは「いえ、お気になさらず」と返して後、グロリアを手招きして呼んで廊下へと出た。


「あのなグロリア……アランの気持ちも考えろ」


 ため息交じりの男の声に対し、グロリアは少し泣きそうな顔で俯いており――同時に納得いかない、ともいう調子で唇を尖らせている。


「分かってるわよ……二課は秘密の機関だし、何よりアランも暗殺者になってるなんて晴子に知られたくないでしょう。でも、でも、アランは晴子のことを大事に思ってて、晴子だってアランのことを大切に想ってるのに……二人とも生きているのに、もう二度と会えないだなんて寂しいじゃない」

「そうだな……だが、伊藤晴子の兄は死んでいるんだ。その事実は覆らない」

「……アランは生きているわ。もちろん、アナタの言いたいことは分かっている。でも、アラン・スミスは間違いなく生きているの……」


 小さく呟く少女の肩に男は手を置いて、ゆっくりと首を横に振った。グロリアの方もそれ以上の我儘は言わずに呑み込んでくれた。べスターが病室へ戻ろうと扉を僅かに開くと、中から右京と晴子の話し声が聞こえ始めた。


「……他人の人生に責任を持つことは、余りにも重大なことです。自分の面倒だけだって見切らないのに、誰かを支えようだなんて傲慢なんじゃないって……そんな風に思ってしまうのです」

「えぇ、アナタの言う通りだと思います……そういう意味では、兄は傲慢な人だったのかもしれませんね」

「誰かを救うという行いは、偽善だということですか?」


 少年の言葉に対し、少女は髪を揺らしながら首を横に振った。


「誰かを救おうとする行いは一見するとたっとく見えますが、本当なら、救われる側にも覚悟が必要なんだと思います。

 たとえば、私なんかが良い例ですね。辛い辛いと沈んでいきたい時に差し伸べられる手は、有難くもありますけれど、同時に重責のように感じられることもある……」

「僕らがここに来るのは、アナタにとってはおせっかいでしょうか?」


 少年の二度目の質問に対し、やはり少女は首を横に振る。


「そこが人の難しい所なのでしょうね。アナタ達が来てくれるようになったおかげで、私は少し前向きになれました。でも、同時に……私なんかのために時間を使わせるのが申し訳なくって。

 だから、手術を受けることで、アナタ達の厚意に応えたい気持ちもある一方で……やはり、この世界で一人で生きていくが怖いんです」


 言葉を終えた時、晴子は右京の方をじっと見つめていた。対する右京は何も返答せず――出来なかったのかもしれない――しばらくいると、晴子は視線を外して自嘲気味な笑みを浮かべた。

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