11-22:二度目の見舞 下
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「姉がいるって言うのは悪くないかもしれないわね」
べスターの見つめる先、歓談する三人の中で、グロリア・アシモフがそう呟いた。
「あら、グロリア。どうしたの急に?」
「晴子は優しくて面白くて、こんなお姉さんだったら居ても良かったなぁなんて思ったの」
グロリアの言葉に晴子は優し気にはにかんだ。これで二回目の見舞だったらしいが、若い者同士ですぐに打ち解けてくれたらしく、少女二人に関しては既に言葉遣いも親密さを感じるものになっていた。
何より晴子の表情の柔らかさは、先日と同一人物とは思えないほどだ。やはり、グロリアと右京の存在が、晴子にとって良い刺激になったのだろう――自分に会いに来てくれる人がいるだけで、人は前向きになれるのかもしれない。それが僅かな前進であったとしても、ずっと負の方向性へ向いていた晴子の心にとっては大きな前進だったとも言える。
ともかく、妹に良い刺激を与えてくれた片割れの少年が、いつもの皮肉気な微笑を浮かべながらグロリアの方へと向き直った。
「兄はダメなのかい?」
「兄はダメよ。男ってガサツで自分に酔ってて、意味不明なことばかり言うんだもの」
「それは君の主観から見た男がダメな理由で、兄がダメな理由にはなってない気がするけれどね」
「そういう無駄に理屈っぽい所もマイナスポイントよ。まぁ、別にアナタ達に良い所があるのも理解はしているわ。ただ、やっぱり甘えられる存在ってなると、同性の方が気心も知れていて良いじゃない?」
グロリアが念を押すように「ね?」と声を掛けると、晴子はまたはにかみながら口元を抑えて笑った。
「ふふ、気持ちは嬉しいけれど、アナタみたいに綺麗な子が私の妹だったら、ちょっと恐縮しちゃうかも」
「あら、晴子だって綺麗よ。右京だってそう言っていたわよ?」
グロリアの唐突な暴露に、右京は珍しく肩を跳ね上げたようだ。そのまま「違う……いや、違わなくないんだけど……」と小さな声で言い訳をしながら、珍しく顔にびっしりと汗をかいているようだった。
自分としてもその様相は面白く、べスターやグロリアも同様だったようで――暴露に関しては意地が悪かったとも言えるが、恐らくグロリアなりに晴子と右京の関係性を配慮した結果だろう――癖っ毛の少女はニヤニヤと口を緩め、保護者の方は笑っているのを悟られないようにするために口元を抑えている。
しかし、この中で唯一、浮かない表情をしている者がいる――それは綺麗だと賞賛を送られたはずの晴子で、憂い顔で視線を落としてしまっていた。
「……こんなみすぼらしい姿、本当はそんなに見られたくないんですけれどね」
晴子の気持ちは彼女にしか分かるものでもないが、恐らくはせっかく人が会いにきてくれているというのに、やせ細った姿を見せるのが情けなく、自己嫌悪に陥っているというところだろうか。逆を言えば、先日は人目を気にすることもないほどに落ち込んでいたのに対し、他人に対して興味を取り戻したと言えなくもない――とかく人の心は複雑なものだが、これも自分からしてみたら良い兆候のように思われた。
自分とは対照的に落ち込んでいる彼女を慮ってか、グロリアは少し身を乗り出しながら晴子の髪をじっと眺めながら口を開いた。
「でも、今日は髪も梳かしているし……長くてきれいな黒い髪、私は癖っ毛だから憧れちゃう」
そう言いながら、グロリアは自分の前髪を一束つまんで伸ばして見せた。すぐにそれらは元の彼女らしい跳ね返りを取り戻してしまい――その様子を見て晴子も少し元気を取り戻したようだ。
ともかく場の空気が落ち着いたタイミングで、今日も後ろで立ちんぼしていたべスターが一歩前へと進んだ。
「それで、手術の件は考えてくれましたか?」
「はい、前向きに検討はしています。ただ、何点か不安もありまして……再生手術は拒絶反応の危険性もゼロではないと聞いていますし、成功しても以前のように動かすにはかなりのリハビリが必要になるとも。それに……」
「……やはり、退院後の不安が大きいですか?」
男の質問に対し、病床の少女は再び憂い顔を浮かべて「はい」と頷く。
「高校中退の私には学もありませんし、事故で身体が弱っている状態では、兄のように力仕事もできません。それに、手術の費用を考えれば、貯金も心もとないですし……そこから勉強しなおして大学に行くというのも難しいと思っています」
「一応、生活保護という手段もあります。この国の現在の福祉制度上、審査は厳しいでしょうが……アナタのように若くて再起の可能性がある人なら受給できるかと」
「でも、絶対ではありませんし……それに、なにかしら手に職をつけなければいけないことも変わりません。もちろん、色々と調べてはいて、職業訓練校のようなものがあるのも分かったのですが……やはり、現代では多くの仕事をAIやアンドロイドがしてくれますから。中々難しそうで……」
晴子はそう言いながら、ベッドに備えつけられている端末から正面にエアモニターを出し、色々とスワイプし続けている。その表情は、何とも暗いモノであり――人と触れあって少し落ち着いたものの、やはり未来に対する希望の持てなさは払しょくできないようだった。




