11-21:二度目の見舞 上
戦艦島からの脱出に関しては手際よく行えたようだ。そもそも、この時代の第五世代には超音速戦闘を行えるだけの機構は備わっておらず、TF19の撃破後はオリジナルに有効な戦術を取れる敵がいなかったのだ。無駄な戦闘を避けるに越したことは無いので、わざわざ全滅させるような真似こそしなかったものの、最短距離上にいるアンドロイドに関しては撃破し、D地区から潜水艇を一つ奪って脱出したという流れだった。
映像が切り替わり、海上で潜水艇からオリジナルが姿を現したタイミングで、隣に座るべスターが少し大きめに息を――もとい煙草の煙を吸い込んだ。
「……レオナルド・アンダーソン暗殺の後、フレデリック・キーツはダイナミクス・モーターズの事実上の最高責任者になった」
「社長になった訳じゃないのか?」
「あぁ、社長には別の者が就任した。しかし、その後の事実上の決定権を持っていたのはキーツだ。どうしても技術者であり、現場側の人間だからな……手を動かしていたかったんだろう。
とくに、新しい武器の開発に尽力していたようだな。先ほどのを見れば分かると思うが、結局この時点では虎に対して第五世代型のアドバンテージは無かったのだから」
「しかし、旧世界では超音速戦闘を出来る第五世代は作られなかったんだろう?」
「それには二つ理由がある。一つは、虎との戦闘は今後、リーゼロッテ・ハインラインの強化で対応しようという戦略がメインに取られたからだ。実際、超音速の世界に対応できるだけの戦闘技術を持っているのは、彼女しかいなかったからな」
そこでべスターは煙をゆっくりと吐き出し――まるで先ほど画面内で吸えなかった分を補填しようと言わんばかりだ――次のように続けた。
フレデリック・キーツとオリジナルが直接的に対峙をしたのは、この戦艦島が最後であったらしい。もちろん、この先何回かの潜入において、虎を迎撃するためのトラップに関してはキーツがかなり手を入れていたとは推測される。
しかし、それらも原初の虎の持つ固有の勘と、星右京のハッキングとが合わさった結果、ほとんど難なく切り抜けられたこと。同時に、それらをキーツは映像記録として見ているはずであり――ガングヘイムで彼が見せた虎への執着は、恐らくその辺りが起因しているのではないかということが語られた。
「第五世代型に超音速戦闘の機能が取り入れられなかったもう一つの理由は……ここからそう遠くないうちのその必要性が無くなったからだ。
原初の虎とデイビット・クラーク、二人の傑物が亡くなってからは、互いに泥沼の正面衝突が多くなった。原初の虎の行動パターンを模したAIを持つパワードスーツT2も、結局はアラン・スミスほどの戦闘力を持つには到らなかったからな。
そういう意味で、キーツも虎ばかりに執着している暇も無くなってきたのだろう。それで……」
隣に座るべスターはそこで言葉を切り、背もたれに頭を押し付けてしまった。右手に持つ煙草から立ち上る紫煙をしばらく眺め手待つが――どうやら何から話したものかと迷っているようだった。
「話したい順に話してくれれば大丈夫だぞ」
「あぁ……しかし、本当に様々な情報が……いや、様々な感情が交錯していて、上手く話せるとは思えないな。味方内でも敵陣営でも、タイガーマスクの存在は非情に大きかったと言えるだろう。誰もかれもが、お前の幻影を追っていたように思うんだ」
「俺はクローンだ、オリジナルじゃない」
「はは、そうだったな……しかし、こうやって話していると、お前がクローンだということをいつも忘れそうになる。惑星レムで女神によって創り出されたアラン・スミスは、オレの知るアラン・スミスと同じように話し、同じような行動を取る……まるで久々に会った旧友が、以前と全く変わっていないかとでもいうかのように」
今のべスターの言葉に関して、自分も思うところが全くない訳ではない。ブラウン管に映し出される原初の虎は、自分の予想通りの行動を取り、自分ならこう返すだろうという言葉を紡ぎ出す――そうなれば、べスターが自分をオリジナルと錯覚するというのもおかしな話でもないのかもしれない。
そんな思考を他所に、べスターは無精髭を撫でながら笑い、改めて煙草のフィルターに口をつけながら、左手のリモコンをブラウン管に向けた。
「やはり、これまで通りに時系列順が良いだろう。お前に向けられた個々人の感情に関しては、オレの予想でしかないからな……本当の所は当人にしか分からない訳だが、後はお前の眼で見て判断してくれ」
画面が再び切り替わると、先ほどの真っ暗な海の情景から雰囲気が一変した清潔な白い壁が映し出された。そしてその中央には、以前に見たのと同じように、少年と二人の少女が居り――少し雰囲気が変わったように見える所と言えば、割と人見知りの右京とグロリアが晴子と打ち解けているらしいことと、晴子の血色が少し良くなっているように見えるところだった。




