11-15:戦艦島への潜入 上
「こいつは、まるで棺桶だな」
スピーカーからアラン・スミスの忌々し気な声が響く。べスターの視線には、確かに狭いコックピットのような場所が映し出されており――僅かな隙間もないらしく、オリジナルは胸の上で腕を交差させているようだった。
べスターの方も、いつもといる場所が違う。先日のリーゼロッテの警告に合わせて車を変えたのだろうか――そういう雰囲気でもない。コンテナの中ではなく、もっと広い場所だ。僅かな揺れや窓の隙間から覗く星空を見るに、建物などの遮蔽物が一切ない。どうやらそこは船の中であるようだった。
「本当に棺桶になるかどうかはお前次第だ……作戦を繰り返すぞ。今度のミッションは、絶海の孤島にいるレオナルド・アンダーソン……ダイナミクス・モーターズ社長の暗殺だ」
「絶海の孤島までは問題ないんだが、なんでそいつはそんなところにいるんだ?」
べスターは「説明しただろう」と添えて、脇に置いてある煙草の箱に手を伸ばした。しかし、背後から「べスターさん」と窘められ――珍しく右京も同乗しているから、密閉された空間で吸って欲しくなかったのだろう――ため息を一つ吐いた。
「この国においてDAPAの武器製造が名目上は認められていないからだ。戦艦島は人工の島、巨大空母のような物で、一応領海ギリギリの外に設置されている。そこに深海や世界中の資源を集約させ、武器を製造しているわけだな」
「ちなみに、公海にあるってことは……」
「事実上DAPAの独立国家のようなものだ。喜べ、この国の法律はもちろん通用しないし、国際法も無視される、文字通り無法地帯だぞ」
「はぁ、そんな物騒なもんを許容するなんて、公務員はちゃんと仕事をして欲しいね」
「お前がその公務員だ。仕事をしてキチンと取り締まってこい」
「へいへい」
「続けるぞ……絶海の孤島にあるという特性上、普段のようにADAMsでの離脱は不可能だ。脱出用の脚は現地で調達する必要がある。ターゲットを排除した後にまたナビゲートするが……使えそうな脱出用の小型潜水艇はD区画にある」
べスターがキーボードを操作すると、オリジナルの乗る狭小の乗り物内のモニターに地図が映し出され、ある区画に赤い点が点滅し始めた。要するにそこがD地区であり――同時に、オリジナルが乗っているのも小型の潜水艇か何かであり、海中からターゲットの元に向かっている最中ということなのだろう。
「一応聞くが、今乗っているコイツで往復するわけじゃないんだな?」
「あぁ。潜入を気付かれないようにするため、その潜水艇は海中で破棄する。こういった任務も想定して、お前の身体なら10MPaまで耐えられるように設計されているし、人工肺の気体調整で呼吸も問題ない。ランデブーポイントに到着したら潜水艇から脱出し、ゆっくりと浮上しろ」
「この高額そうな乗り物を海に乗り捨てね……贅沢なんだか、少なくともエコじゃないな」
「そういうのは嫌いか?」
「いいや、馬鹿っぽくて嫌いじゃない。しかし、接近は気付かれないのか?」
「問題ない。海中では赤外線とレーダーは使えない。察知されるとすればソナーだが、その小型艇やお前の体の大きさなら、少々でかい魚と判断されるだろう」
「それなら、潜入自体は問題なくできそうだな……その潜入作戦自体が無茶苦茶だということを除けばだが」
べスターはそこで一度モニターから視線を外し、背後で同じく作業をしている右京の方へと振り返った。
「作戦完了後は、ケイスが脱出用の乗り物を制御する……いけそうか?」
「あぁ、何種類かの小型艇の操作方法は勉強しておいたよ。先輩は僕の予習範囲に収まる乗り物を選ぶように注意してくれ」
「まぁ、お前なら初めて見る機械でもなんとなく制御してくれそうな感じはするがな」
最後の言葉はオリジナルの横やりだった。実際、星右京ならば最新のコンピュータープログラムで制御されているデジタル機材なら、ほとんどどんなものでも対応できるだろう――機械を直接的な手作業で動かす前世紀のアナログな機械ならまだしも、言語で処理できる機材ならハッキングで動作を命令できる訳だから。
そんな風に思っている傍らで、べスターがヘッドフォンについているマイクを握って「続けるぞ」と切り出す。




