11-14:在りし日の亀 下
「確かこんな感じだ。進化に関する永久の袋小路に彷徨うことになるか、絶対の進化を成し遂げ万物を超える存在になるかの選択を迫られていて……それに関してはタイムリミットは迫っているとか」
「成程……」
「何かわかるか?」
「いいえ、まったく」
「なんだ、意味深な雰囲気だったから、何か気付いたのかと思ったぞ」
「確かに、まったくというのは語弊がありますね。確かなことは二つ、クラークは何かを焦っていること言うこと、そして恐らくは絶対の進化を遂げることを目的としているということです。
恐らく、進化を遂げることに関してはアンノウンXが関係していることは疑うまでもないでしょう。そして、その手段として、統制された情報とテロ活動を通じて混乱をもたらし、
社会に絶望を降ろそうとしている……そこに関してはゆっくりしている暇はなく、焦りが見えると、こんなところでしょうか」
「……結構まとまった推論のように聞こえたが、それでも分からないのか?」
「えぇ、具体性は何一つありませんからね。ただ一つ確実なことは、彼らがやっていることは禄でもないということだけです。同じ管理社会でも、私の祖国の方がもう少しましだったと思いますよ」
チェン・ジュンダーは、再びべスターの吐き出す紫煙を空中で弄びながら話を続ける。
「結局、人の多くはそれほど賢くありません。民主主義だ法治国家だとか言っても、結局は権力者達に無意識の間に誘導され、大衆は自らの権利を上手く行使することは出来ないのです。
それなら最初から人権というものを制限し、力のある者たちが社会秩序を確立させた方が早くて合理的というものですよ」
「お前の祖国が、かつてそうだったようにか……それならお前の目的は、旧制度の復活か?」
「いいえ。別に祖国に対する忠誠心がある訳でもありませんし……なんなら、私は過酷な人体実験の犠牲者ですからね。人の本質を思えば、衆愚政治より管理社会の方が合理的と思うだけで、それを信奉しているわけではありません」
「では、なぜお前はDAPAと戦っているんだ?」
「そうですね……祖国に対する忠誠心は無くとも、征服者に対する怒りがあるから、でしょうか。戦後、祖国の政治体制は解体され、偽りの民主主義の元に再編成されました……それこそ前世紀的な傀儡政権ならまだイデオロギーがありますが、今祖国の十億の人口は、DAPAの資本による寄生にさらされているだけです。
どんなイデオロギーが正しいかは私にも断定しかねますが、少なくとも……祖国を食い物にしている連中から祖国の人々が主権を取り戻すことは、民族自決の原則から言っても正当なものだと思いますが……」
チェンは細い目でべスターの方をじっと見つめ、何故だか観念したように首を振った。
「いいえ、これは、私にとっては弔いのための戦いなのです。祖国には苦楽を共にした仲間が居ました。旧大戦時に同じ諜報員として活躍した者たち……半数は戦時中に、残りの多くは戦後の体制に対してレジスタンスとして活動し、そして散っていきました。
私は散っていった仲間たちのために、世界を裏から管理した気になっている連中の欺瞞を白日の下にさらし、私たちの戦いが嘘でなかったと……無為でなかったと証明したいのです」
そういう男の声は、落ち着いてはいるが、確かな信念が込められているように聞こえた。これがチェン・ジュンダーが一万年の時を超えてでもDAPAと戦い続けた理由なのか。
今の言葉は珍しく、彼が見せた本心だったように思う。同時に、仲間を弔うために戦い続けるというのは、一言で言えば復讐だが――その意志が一万年も摩耗せずに保ち続けるというのは、なんたる固い信念であることかと思う。
しかし、それは疑うべくもないことなのだ。この時のチェン・ジュンダーは、祖国の仲間のために戦い続けた。そして、彼が弔わなければならない相手は、この後にも増えていくのだから。
合理的な彼は、普段は自らの感情を押し殺し、決して熱い部分を見せたりはしない。最終的に勝つためなら手段を選ばないし、時に仲間の犠牲を許容することだって厭わないのだが――同時に犠牲者が増えれば増えるほど、この男は信念をより固め続け、万年の時を超えて戦い続けてきたのだろう。
「貴方は不思議な人だ。貴方のその困ったような顔を見ていると、なんだか色々と話したくなる」
チェン・ジュンダーはそう言いながら自嘲気味な笑みを浮かべた。そう、チェンの言うことは間違いない。エディ・べスターという男には不思議な力がある。口数は多くないが、人の感情に自然と共感し、寄り添ってくれる、そんな居心地の良さがある――だから、普段は信念を口にしないチェンも、思わず口を滑らせてしまったに違いない。
「……何て返せばいいのか分からんな」
「ははは、まぁ誉め言葉として受け止めてもらえると幸いです。さて、本日はありがとうございました。私は改めてアンノウンXの正体と、奴らの目的を追ってみます。また機会があれば、貴方にも情報を共有しますよ」
チェンはそこで踵を返し、海に突き出した波止場から港の方へと歩いてき――次第に姿が見えなくなった。
しかし、今のやり取りで一点疑問があった。それは、二十代にしか見えなかったチェン・ジュンダーが、旧大戦に参加していたということに関してだ。リーゼロッテのように少年兵として参加していたのだろうか。
それをべスターに聞いてみると、「アイツはあぁ見えて、この時アラフォーだ」と返され、そのあり得なさに自分は思わず驚きの声をあげてしまったのだった。




